心理的瑕疵物件

皆さん、瑕疵物件と言うのをご存じですか?

最近某有名事故物件サイトでも目にする事があると思いますが、
瑕疵物件とは、物件自体に何等かの欠陥がある事を指します。
今回はその中で、心理的瑕疵物件についてお話ししたいと思います。

まず、心理的瑕疵物件とは、その家若しくは部屋で人が亡くなってる以外に、
近隣に葬儀場、下水処理場、暴力団事務所、風俗、工場、小中学校等がある物件を言います。
神経質な人には抵抗がある物件ですね。
治安も良く無いし騒々しいのが特徴です。

さて、これは知人から聞いた話です。
東京都下の住宅街に、ある60代の夫婦が一軒の中古物件に引っ越してきました。
仮に吉田さんとします。 奥さんはサナエさん、旦那さんは和夫さんです。
二人には3人の子供がいますが、既に結婚して家を出ております。
家は5LDKで、敷地には大型の車が2台余裕で置けるスペースがあります。
日当たりも良く、1階は20畳のLDK、8畳の和室、トイレ、洗面室、風呂場とあり、
2階は8畳の洋室と6畳の洋室が3室とトイレがあり、夫婦2人には大きすぎる家でもありました。

引っ越しが終わり二人は近所に挨拶に行きました。
吉田夫妻は長野県の出身で、地元の信州蕎麦を持参で両隣と向かい側の家に挨拶に行きました。
訪問先で一通りの挨拶のあとに必ず
「実はですね。わたくし共には7人の孫がおりましてね。週末になると遊びに来てくれるんですよ。
それでのんびり遊んで泊まっていけるような家を探していたんですけど、丁度こちらが売りに出ていたので購入したんですよ。
いろいろご迷惑おかけすると思いますがよろしくお願いいたします」と
「孫がうるさくなるからよろしくね!」と言わんばかりの挨拶をして回ったそうです。

それから数日して、夫婦はある事に悩まされる事になりました。
それは丁度庭に面した側の向こうが何かの作業で、朝の7時半から夜の8時半までトラクターやらの騒音がする事でした。
何か建物が建つための工事だと思ってた二人は半年ぐらい我慢すれば終わるだろうと思っていました。
週末になると子供達が孫を連れて遊びに来ます。
二人は嬉しくてしかたなかったのですが、その作業の音があまりにうるさく、幼い孫たちは昼寝もできず泣きだす始末。
おまけに騒音だけじゃなく振動もあり、棚から物が落ちる事も度々ありました。
作業場は基本、日曜日は休みでした。
が、閑散期なのでしょうか、日曜日も作業をする日も多くあり、
夫婦は思い切って作業場の事務所に出向いて苦情を申し入れましたが、
皆、肝の据わった連中ばかりなので相手にして貰えず、夫婦は頭を抱えてました。
それでも少しの辛抱と我慢してた二人でしたが、半年経っても作業は終わりません。
そこで普段から懇意にして貰ってる隣人に聞いてみたところ、そこは建設予定地では無く、建設資材の作業場であるとの事でした。
二人が住んでる家は真向かいと言う事もあり、騒音も振動も酷く、
これまでの住人が悉(ことごと)く逃げ出したのだと言います。
それを聞いたサナエさんは不動産屋に怒鳴り込みに行きました。
すると担当した営業マンが
「でも、お二人は下見をされたじゃないですか。私が何か言う前に速攻で【ここがいい!】と仰った(おっしゃった)んですよ」
と返されてしまいました。

そうだったのです。
二人は事前に下見をして決めたので、それを指摘されると何も言えませんでした。
二人が下見に行った日は日曜日で、作業場も休みだったのです。
頭金を出して残金のローンも年金で余裕で払える額だったので即決したのでしたが、あとの祭りでした。
毎日繰り返される騒音と振動にストレスを抱えてた二人に追い打ちをかけたのは孫の一言でした。
「お祖父ちゃん家、うるさいからもう行きたくない!」
更には子供達からの
「お母さん、ごめんね。〇〇がお祖父ちゃん家に行きたくないって駄々をこねてるの。
だから今日は、ごめんね、ほんとごめんね」と当日に断りの電話が続いたのでした。
孫が週末遊びに来てみんなで楽しくお喋りして過ごすことが夢だった二人にとってこれは悪夢でした。

そんな夏のある日、2階のベランダから作業場をボーっと眺めていたら、
汗を流しながら仕事をしてる作業員たちが目に入りました。
サナエさんはふとある事を思い付きました。
午後3時になるとサナエさんは庭の塀越しに、作業員たちに声をかけました。
「暑い中大変でしょう。冷たい麦茶をいれてあるから良かったら飲んで。クッキーも焼いてみたの」
と大きなお盆に冷たい氷入りの麦茶の入った大きなピッチャーとグラスを8個、
そして皿に盛ったクッキーを差し出しました。
戸惑いを見せた作業員たちでしたが、顔を見合わせた後、
「いいんっすか?」と聞いて来たのでサナエさんは
「ええ勿論よ。召し上がって」と差しだしました。
作業員たちは「つめて~~!旨いっ!」と其々美味しそうにゴクゴクと飲んでいました。
サナエさんはそれを優しく微笑みながら見てました。
作業員たちは「ごちそうさまでした」と礼儀正しくお辞儀をすると盆を返してきて作業に戻りました。
いつしかそれがサナエさんの日課になりました。
作業員たちもサナエさんにすっかり懐き、3時のおやつを楽しみに待つようになり、
また作業もなるべく吉田家から離れたところでするようになりました。

こうして日々が過ぎていき、孫たちは週末に来ないけど、作業員たちとの3時の談話が楽しくなったある秋の頃、
作業員の一人が作業中に事故に合いました。
救急車が呼ばれ、辺りは騒然となりました。サナエさんも急いで駆け付けます。
作業員が機械に巻き込まれてしまったとの事で、恐らく助からないだろうと言う悲惨な事故でした。
救急隊員と警察も動員した後、ブルーシートがかけられました。
サナエさんは大きく肩を震わせてその場に座り込んで動けなくなりました。
和夫さんがサナエさんを抱きかかえながら家に入りました。
作業は一時中止となりました。
事故原因は、作業員の運転ミスと言う事で、作業はまた1週間程で再開されました。

そしてまた日は流れ、その日は凄く寒い日で、サナエさんは温かいココアを入れて作業員たちに差し入れをしました。
彼等は温まった体で作業を続行したのですが、夜の6時を回った頃、
突然ガタンっと大きな音と振動が響き渡り、サナエさん達は飛びのきました。
「地震だろか。テレビ、テレビをつけてみよう」
と和夫さんはリモコンに手を伸ばしスイッチを押しました。
いろいろチャンネルを変えてみましたが、地震速報はありませんでした。
すると救急車と消防車のサイレンがけたたましく外を駆け巡ってきました。
二人は外に出てみました。
外には近所の人も不安そうな面持ちで立っていました。
「何か凄い音したね」
「うちは本棚から本が落ちてきたよ」
「うちも皿が落ちてきた」とみんな口々に話してます。
サイレンの音の方向をみんなで追うと、それは作業場からのようでした。
みんなで作業場に行くと既にパトカーも到着しており、黄色のロープが張られ、警備員のような人が立っていました。
何があったのかと聞くと「事故があったようだけど、まだ詳細は分からない」との事でした。
ブルーシートがすぐさまかけられました。
それは前回のとは比べ物にならない位大きな広い範囲でした。
横倒しになったクレーン車の周辺を覆うようにかけられたシートには、
何か大変な事故があったことが伺えるような雰囲気だったそうです。
隣人が「この間もここで事故が起きたばかりじゃないか。ちゃんと管理できてるのか」と半ば怒鳴るように言いました。
その声に気づいた警察官が近づいてくると
「下がってください。皆さん一旦家にお戻りください。救急車が通りますので道を開けてください」と大きな声で言いました。
とは言え、人間は皆好奇心が幾つになってもあります。
事故と聞いたら血生ぐさい物を連想すると思いますが、それを敢えて見たいと言う欲求もあるのです。
なかなか見物人は減りません。
しかし、咄嗟に出て来た人達は上着は着ていたものの、下はパジャマのズボンだったり、
ジャージーだったりと軽装だった為、寒さに打ち勝てず徐々に家に戻る人が増えました。
吉田夫妻もその場をあとに家に入りました。

翌日、その作業場には調査が入りました。
負傷者4名、死者2名でした。
事故原因の究明の為、作業は一旦中止。
それだけの事故を立て続けに起こせば会社の信用はがた落ちです。
暫くして、その作業場は解体され更地となりました。

知人は最後にこう私に言いました。
「あくまでも私の推測だから他言は決してしないでね」と念を押された後、
「もし飲み物やお菓子に少しずつ毒を入れてたとしたら?それが原因で事故が起きたとしたら?」
それを聞いて私はゾっとしました。
そうだ、サナエさんの本来の願いは孫たちとの楽しいひと時を過ごす事でした。
そして今、その楽しいひと時が夫婦にちゃんと訪れているのです。

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