取り憑かれた自分と守護神

 あれは二年前の京都帰りの話。

 私は妹と一泊二日で自分の誕生日に大好きな京都を観光し、初日の夜に伏見稲荷大社を探検した。
 旅行初日の夜に伏見を訪れた際、境内に現れたのは狐耳を生やした成人男性の神仏と犬耳を生やした成人女性の神仏だ。
 どうやら私の守護についてくれるらしく、 「俺、伏見稲荷大社の神仏の天狐」 「あたい、犬神。面白い事を追求して姉ちゃんの守護に憑く」
 何を思ったか天狐は私の手を握り「あ、彼に気に入られたのか……私は。夜の伏見に来て良かったかも」と私は安心した。
 予約した民宿を離れ、楽しかった京都旅行も終わりをつげようとした。
 ただ、帰りにあの神社に立ち寄りさえしなけば……。
 本来なら帰る前に京都の晴明神社を寄るつもりだったが時間の都合上、家から近いある神社に行くことにした。
 勿論、守護神の天狐の手を繋ぎながら私は彼に言った。
「私の住んでる近くに、晴明縁の神社があるんだ」
「へぇ……」
 天狐は京都以外の神仏を知らないのか、せっかくだから鳥居の前まで案内した。

 その神社の名前は、言わずと知れた安倍晴明の母が祀られた「葛の葉神社」。
 鳥居の前まで来た時、本殿の前に誰か突っ立っているのが見えた。それも、今の時代にはそぐわない平安時代の貴族の格好をした若い女性だ。
 しかし、神仏にしたっては妙だ。 色が半分黒で、白。
「あれっ……? 神様って本来真っ白なんじゃ……」
 何を思ったか天狐は白黒状態の葛の葉に近づき、ナンパしていたではないか。 「なんだアイツ……私が好きでついてきたんじゃないのか……」
 初めは軽く葛の葉に対して嫉妬したが、これがまさか自分に禍するなんて夢にも思わなかった。

 天狐を置き去りにしたその日の夜、私は誰かに首を絞められた。 目を開けたら、昼間見た葛の葉が十二単を着て馬乗りの状態で私の首を絞めている。
「く…苦しい…」
 すると葛の葉は、私の首を絞めながらこう言ってきたではないか。
「私、あなたの連れている狐の男と、生きている人間の身体が欲しくてたまらないの……! ねぇ、その身体ちょうだい」
「(こ……こいつ、何言ってるんだ……。神仏じゃないのかよ……)」
どうせ夢だ、あんなの……。
 翌日私は何食わぬ顔で仕事場に向かい、然り気無く更衣室のロッカーに設置された鏡を見た。首には、絞められた痕がハッキリ残っていたからだ。
「(マジかよ……夢じゃなかったなんて……)」
 大体、天狐も天狐だ。助ける所か、あの葛の葉に夢中になるなんてどうかしてる……神仏の癖に。

 更に別の日の事。
 だんだん私の守護していた天狐の様子がおかしい事に気付いた。
 全身……真っ黒だ。まるで、死神のように……。
 こんなこと、果たしてあるのか……? 神様が、真っ黒になるなんて……。
 私は父に頼み、休日の日曜日昔から信仰しているお寺の住職さんにお祓いを受けて貰う事にした。
 いざお祓いが始まったと同時に、事態は急変した。
 私はやはり、あの怨霊化した葛の葉に取り憑かれていたようだ。
 取り憑かれた私は何度も何度も暴れ回り、仕舞いにはお坊さん8人がかりでのお祓いになってしまったらしい。
 かろうじて祓ってもらったものの、取り憑かれていた私はそんな意識が全くなく父に聞いたらひたすら暴れまわっていたとのことだ。
「(ひょっとしたら、狐憑きか……? そうだ、葛の葉も狐……)」
 冷静に考えたら私は、仕事してる間何度も「コンコン」言っていた気がした。 「そうだ、天狐の様子は……!?」
彼は……また真っ白に戻っている。 やはり葛の葉は、彼を……生きた私を祟り殺そうとしているに違いない。
 もうこれ以上、父に頼る訳にはいかない。 私は思いつくまま、何か簡易な方法で葛の葉を祓う手段はないか調べた。
 日本酒、塩……どれも試したが、効果がない。
 一番効いたのが、手を消毒する為のアルコールだった。
 アルコールを連日浸けていく内に、怨霊葛の葉が苦しんでいる事に気付く。 まさか、日本酒よりも効果あったとは……。
 日に日に苦しむ怨霊葛の葉はとうとうおかしくなってしまい、「この女の時代の食べ物、全部全部食らい尽くす」とか言い出してしまう始末だ。
「(おいおい、太る気かよ……怨霊の癖に……)」
私は、幾らなんでも怨霊が太るのか果たして……と内心思った。
 まだ怨霊葛の葉は……私の身体に取り憑いたままだ。

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