辞められないバイト

 まず、このバイトのことはあまり詳しく話せません。
 話すと大勢の人に迷惑がかかるかもしれないからです。
 ただし、名誉のために言っておくと反社会的なバイトではありません。
 世の中にはグレーゾーンな仕事がたくさんあって、 ボクのバイトもその一つだということです。

 そんなグレーな仕事にボクはもう十年以上勤め、 バイトリーダー的な存在となっているのですが、 本当はもうこんなおかしなバイトは辞めたいのです。
 でも、怖くてそれができないのです。
 最初にこのバイトに就いたとき、ボクの部署には先輩が二人おりました。
 一人は正社員崩れの五十代後半の男性。
 もう一人は老後の人生を歩んでいる七十代のおじいちゃんです。
 ボクはバイトとはいえ、一生懸命にこの二人から仕事を教わり、 あっという間に仕事を覚えていきました。

 ある日、五十代男性が社長室に呼び出され、クビを宣告されていました。
 その時の騒ぎたるや、社長室から二人の怒鳴り声が響き渡り、 内容も丸聞こえでけっこうな騒動になりました。
 要は正社員並みの給料をもらいながら技術的なレベルも低く、 バイトと同じ仕事しかできない彼を会社は早くクビにしたかったのです。
 何のことはない、ボクは最初から彼の代わりに安い人件費で 良く働く要員として雇われたというわけです。
 彼は社長室で自分が能力がないのを認めつつ、クビになったら もう食って行けないからクビにしないでくれと哀願していました。
 でも結局クビになり、しばらくして社員たちの間で彼が自殺したという話が 広まっていました。
 ボクはいたたまれなくなりました。 彼がクビになったのはまるでボクの責任のような気がしたからです。
 そしてまたしばらくして、今度は七十代のおじいちゃんもクビになりました。
 結局ボクは二人の仕事を一人で全部こなすことになりました。
 会社側からすれば、二人分の仕事を一人の賃金でできるのですから 助かったとは思います。
 しかしそれからまたしばらくして、このおじいちゃんも亡くなったと、 社員の方から聞かせられました。病死だったらしいです。
 その後、仕事自体は順調で、景気も回復してきたこともあって、 ボクの下にもう一人バイトを雇うことが決まりました。
 雇われてきた彼女は、少し太めでパンクロックが好きな人でしたが、 不器用で、怪我をすることも多く、結局彼女はバイトを辞めることになりました。
 その彼女が交通事故で死んだというニュースが流れてきました。
 横断歩道を渡っている時に信号無視のクルマにはねられたそうです。
 彼女は携帯を見ながら歩いていて、暴走車に気付くのが遅れたという話でした。
 まだ若いのに可哀そうだと思いつつ、 仕事でも注意力不足で怪我をよくした彼女を思い出し、 いつかはこうなる運命だったのかな、なんて思っていました。
 次にボクの部下になったのは、なんと正社員の新入社員の女の子でした。
 バイトがなかなか決まらなかったこともあり、 新入社員の中でも出来の悪かった子をボクの下に就かせ、 基礎的な部分から仕込みなおすという意図があったようです。
 新入社員で入社したのにバイトのボクの下に就けられたのが気にくわなかったのか 彼女の態度はやる気もなく、つっけんどんで、仕事を教えるボクに反抗的でした。
 でもある日、そんななまくらな態度で仕事をしているせいか、 彼女は指先を切るけがをしてしまいました。
 ボクは急いで彼女の傷口を流水で洗い流し、消毒して傷口に絆創膏を貼ってやりました。
 それからというもの、態度がころっと変わってボクに甘えてくるようになりました。
 仕事もよく言うことを聞くようになり、ヤレヤレと思っていたのですが、 それから1年もしないうちに彼女はクビとなってしまいました。
 結局のところ、正社員として雇っているのにいつまでたってもレベルが上がらず、 バイトみたいな仕事しかできないから、ということなのでしょう。
 彼女は田舎に帰って別の仕事についたものの、 仕事上の事故が元で亡くなってしまいました。
 一時は自分に甘えてきたこともある女の子が死んだのですから、 かなりのショックを覚えました。
 そして、この仕事を辞めていった人たちの死が多すぎるのではないかと 今更ながらにだんだん気付きはじめていました。
 次にバイトに来た男性は、辞めてからひき逃げ事件に合って亡くなりました。
 会社上空をヘリが飛び交い、目撃者を探す放送を流しています。
 次にバイトになったのはまた新入社員で、その年は新入社員をたくさん取り過ぎたようで 二人の男女がボクの下につきましたが、なかなかのイケメンの彼とすごくかわいい彼女は すぐに意気投合して結婚してしまい、会社を辞めて田舎に引っ越すこととなりました。
  結婚式の余韻も冷めやらぬうちに、二人は新居の火事で亡くなってしまいました。
 信じたくない気持ちでここまで来てしまいましたが、 ボクがこのバイトをはじめて約十年。
 この間にバイトを辞めて亡くなったのが七人。
 これはいったいどういう事なんでしょう…。
 もうこんな仕事したくはないのですが、 辞めたら次はボクの番なのではないでしょうか。
 ボクはいったいどうしたら良いのでしょう。 誰か、良い方法を知っていたら教えてください。

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