入信ビデオ

 私が大学一年の秋頃だったと思う。

 母方の伯母から電話があり、 「息子を捜して欲しい」 と言われた。
 息子というのは、つまり私の従兄弟にあたる同い年のM君のことであった。
 私は東北地方のS市の出身で、大学も地元の大学だったのだが、伯母達の家は同県北部の山に囲まれた所にあり、本当に山の中のぽつんと一軒家という感じの家だった。
 従兄弟のM君は、田舎育ちの純朴で優しい青年だった。
 彼は高校を卒業すると、山の中の家を出て、私の住むS市の大学に進学した。
 大学の近くにある下宿に住んでいたが、時々は私の家にもやってきて、夕飯を一緒に食べていた。
 彼は、私の母が作るニンニクチャーハンが大好物で、いつもリクエストしていた。
 伯母から電話があった時、私の母も、 「そういえば、最近、ご飯を食べに来ていない」 と、改めて思ったという。
 伯母の話では、 「下宿を出て、引越したようだが、まったく連絡が取れなくなってしまった。大学の方にも伝言を頼んだが、どうやら、授業にも出ていないらしく、難しい状況」 とのことだった。
 ただ一つ分かったことは、どうやら、ある宗教団体に関わってしまったということであった。
 その当時、私の大学内でも、ある噂話で、 「駅前のアーケード街を歩いていると、声を掛けられて、その宗教団体に勧誘される」 というのがあった。
 そして、実際のところ、私の入部していたサークルの二つ年上のA子先輩が、その宗教団体に関わっているのだと聞かされた。
 それでまず、A子先輩にM君のことを聞いてみることにした。
 ところが、そのA子先輩のアパートを訪問しても、引越ししていて会えなかった。
 それどころか、A子先輩と親しかった他の先輩方も連絡が取れなくなってしまった状態だと聞かされた。
 そんな時、偶然にも、駅前のアーケード街を一人で歩いていると、二人組の女性から声を掛けられ、内心では、 (やった!声掛けられた) と思いながら、素知らぬ顔をして、わざと怯えて見せた。
 すると、彼女達は、微笑みながら、 「私達は、みんなで映画鑑賞をして、感想を話し合うサークルです。良かったら、一緒にどうですか?」 と、誘われた。
 その際、 「週に二回の集まりで、必ずお茶とお菓子が出るので、一ヶ月に三千円の会費が必要である」 というところまでは、話していた。だが、宗教的な話は、一切されなかった。
 私は、 「友達がいないから、興味がある」 という雰囲気を装って、入会したいと思わせるよう演技した。
 すると二人は、 「今から、時間があれば、活動場所に来ませんか?」 と誘ってきたので、もちろん付いて行った。

 そこは、アーケード街にあるビルの三階で、エレベーターを降りると、目の前にガラス扉の入り口があった。
 丸テーブルとイスのセットがいくつかあって、私はその一つに腰掛けさせられて、すぐにお茶とケーキが運ばれてきた。
 周りを見ると、同じように、キャッチされて連れてこられたと思われる組み合わせの人達が、二組いた。
 私の前には、さっそく入会申し込み書が出されて、三千円支払い、 「月の途中で辞めても返金は出来ない」 と言われた。
 そして次に、 「このサークルの紹介ビデオがあるから、今日はそれを見ていって欲しい」 と言われた。
 私は、言われるままに、隣りの個室に案内されて、その紹介ビデオをテレビ画面で見た。
 ここで、一気に宗教的要素が満載となる。
 そこには、団体の代表者と思われる男性が、演説してしているところを真正面から撮影したものが映し出されていて、内容を要約すると、以下のようになる。
 世の中の不幸な出来事を次々と例に挙げて、 「皆さんは自分に関係ないと思っているだろうが、見ない振りをしてはいけません。〇〇はダメです。〇〇という考え方は、間違っています。そんなことでは、大変なことになります。 それではどうしたら良いでしょうか? 私が、皆さんを正しい方向へと導きます。私を信じて下さい。私と一緒に頑張りましょう」 というような内容だった。
 実際には、きっちり三十分のビデオで、これを見せられた素直な若者達が、簡単にのめり込んでいくのかと思うと、胸がざわついた。
 私自身では正直なところ、 「このビデオを見て、入信する人がいるのか?」 と疑問に思えるような内容だった。
 私は、ひねくれ者なので、茶番劇でも見せられているような、そんな違和感を感じて、気分が悪くなった。
 個室を出ると、勧誘の女性から、 「いいお話だったでしょ」 と言われた。
 私は、その場を取り繕うので精一杯だったが、何とか、 「じゃあ、来週から宜しくお願いします」 と挨拶して、建物から出た。
 記入した住所や電話番号は、もちろんデタラメだったので、急いでその場を離れ、用心して家に帰った。
 従兄弟のM君の居場所については、全く手掛かりが掴めなかったが、入会費を払ったので、母親に自分のやった事を報告して、三千円貰うことが出来た。

 それから暫くして、ある日のこと。
 私の母が家にいた時に、玄関チャイムが鳴って出ると、それは、「珍味売り」の三人組だった。
「珍味売り」とは、ある団体が、活動内容の一つとして、行っているものだそうで、簡単に言えば珍味の訪問販売のことである。
 そして母は、その中に従兄弟のM君を見つけた。M君は、無言で母のことを見つめていたそうである。
 母も冷静に騒がず、 「ご苦労様です」 と言って、その珍味を買った。
 あとの二人が、売れて喜んでいるところで、隙をみて、M君のポケットに珍味代とは別のお金をねじ込んだという。
 そして、素知らぬ振りをして、三人を見送ったとのこと。
 その数日後、M君が山奥にある自宅に帰って来たと伯母から連絡が入り、私は、母と手を叩いて喜んだ。
 しかしM君は、その団体から離れることが出来ず、大学にきちんと通うという条件で、とりあえず落ち着いた。
 ちなみに、珍味売りが来たあと、何かの名簿に載ってしまったのか、別のグループが訪問してきて、にこやかに商品の説明を始めたそうだ。
「断るのに夢中で、品物は何だったか忘れたけど、確か十万円くらいの物だった」 とのこと。
 それで母は、 「うちには七人の子供がいて、とても貧乏だから、そんなお金はない。この前の珍味は、天ぷらにして、夕飯のおかずにした」 と大嘘を並べて、お帰りいただいたそうだ。
 それ以降は、その団体の訪問販売は、無くなったとのこと。
 昨年秋、大学のサークルの同級生達と、久しぶりに集まって、昔話で盛り上がった。
 その際、私は、宗教団体にのめり込んだA子先輩と従兄弟のM君の話をした。
 すると、どうしたことか、A子先輩のことを誰も覚えていないと言うのだ。私は、M君の件があったので、とても強く印象に残っていたが、他の人にとっては、A子先輩そのものが、記憶にすら残っていない忘れられた存在となってしまっていた。
 親元を離れて、遠い大学に進学して、楽しい学生生活を送るはずが、宗教団体との関わりで、運命を狂わされて、連絡も取れなくなるとか、本当に悲しくなる。
 本人達が信じた道で、幸せに過ごしていることと思いたい。
 この四月に、進学や就職で親元を離れる方もいると思う。
 それで、事前に少しでも知識があれば、受け取り方が違ってくるかもしれないと思い、体験談を投稿させて頂きました。

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