劣化

 絵でも写真でも、どのようなものでも、「複製される」ことで価値が下がっていくのはこの世の摂理といえます。
 オリジナルには唯一無二の価値がありますが、コピーは所詮コピーでしかありません。
 データに関しても同じことが言えます。
 画像や動画は、何度もコピーを繰り返すうちに劣化し、画質が荒れ、価値を徐々に失っていきます。
──しかし、「呪い」や「怨念」といったカテゴリでは、この考えが必ずしも当てはまらないことがあるようです。

 これは、とあるオカルト系のWEBサイトを運営している知人から聞いた話です。
 以後、その知人のことは「田山さん(仮名)」と呼ぶこととします。
 田山さんとわたしは、とあるオフ会で知り合いました。
 話をするにつれて、わたしが日頃から読んでいるサイトの管理人ということが発覚。
 他のオフ会メンバーそっちのけで、田山さんとの会話に没頭して、質問攻めしてしまったことを今でもはっきりと覚えています。
(田山さん、そしてオフ会に参加したほかの皆さん、ご迷惑をお掛けいたしました)
「ホラー系を扱っていると、何か霊的な体験をしたり、気をつけていることがあったりするのですか?」
 興味本位で尋ねるわたし。
「いやー、あんまりそういう体験はしてないかなー。僕、霊感ないんで」
 田山さんはそう答えたあと、少し考えた素振りをして続けます。
「あー、でも、ひとつありました。そうそう、画像の転載には少し気を付けたほうがいいって話なんですけど」
 それまでよりもやや低いトーンで、ぼそっとそう呟きました。
「確かに、最近は著作権やコンプライアンスの問題が厳しくなっていますからね~」
 そう返すと、田山さんは苦笑しながら、「あー、まぁそういうのもありますけど、そういう話ではなくて……」と、神妙な面持ちで返します。
 どういうことか理解ができなかったわたしは、すこし詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか? と尋ねます。
  田山さんは、真剣な表情で、体験談を話しはじめました。

 それは、田山さんがいつものように記事を書いていた日のことでした。
 その日は、2000年代初頭に2chやふたば掲示板などで話題になったネットロアや恐怖画像についてまとめる記事を作成していました。
「ほんと、よくあるまとめサイトみたいな感じの記事。『ネットで一番怖い画像あげたやつが優勝wwwww』みたいなやつね」
 スレ内の画像を保存しつつ、画質が荒すぎるものは再度検索をかけて、より高画質なものに差し替える。
 そんな作業を繰り返しつつ、記事をまとめていきます。
 ですが、とある画像だけ……どうしても、ひどく荒れた画質のものしか見つからなかったそうです。
 仕方なく、手に入る範囲で最も鮮明なものを記事に掲載しようと、画像を保存した瞬間。
 自分しかいないはずなのに、背後に妙な気配を感じたといいます。
 背後に誰かがいるような気配。 しかし、振り返っても誰もいません。
 どこかで誰かに見られているような感覚。 でも、周囲には誰の姿もありません。
 蛇に睨まれた蛙のように、一瞬、身動きが取れなるも、少しすると元に戻り、悪寒も消えていったそうです。
 なんだ、気のせいだったかと片付ける田山さん。
 ただ、どことなく部屋の空気が重いような雰囲気はしばらく続きました。
 音楽をかけて気を紛らわせ、気持ちを切り替え、記事を完成させます。
 そして、そのまま公開するのでした。 公開後、特に何かが起こることはありませんでした。
 ただ、それだけの話でした。

「えっと、転載には気をつけたほうがいいって、どういう……?」
 あまり要領を得ない様子のわたしに、田山さんは続けます。
「そのしばらく後ね、霊的な現象に詳しい人と話す機会があったから、その出来事を何気なく話してみたんだよね。そしたらさ、劣化した画像はあまり扱わないほうがいいよってアドバイスされたんだよね」
 その人にいわく、呪いや穢れというものは、複製されることで、関わった人々の怨念や負の感情を吸収し、徐々に力を増すしていくというのです。
 デジタルデータに置き換えて考えると、「コピーを繰り返し、画質が劣化したもの」は「より多くの人の手を経たもの」──つまり、それだけ多くの負の感情が蓄積されている可能性があるのだとか。
 検索して上位に表示されるような、劣化した恐怖画像は、すでに何度も転載され、誰かの恐怖や嫌悪、あるいは祈りのようなものを無数に吸い込んでいます。
 そのため、オリジナルよりもむしろ、そちらのほうが危険かもしれない。
 そう聞いて、なんとなく感じたあの違和感の正体がつかめたような気がした、と田山さんはやや低いトーンで語るのでした。
「だからさ、今はできるだけ元データに近い、画質の良いものを探して記事に使うようにしているんだよね。だから、転載には気をつけたほうがいいよ。劣化しているものほど、呪われちゃってるからさ」
 田山さんは真剣なまなざしでわたしに訴えかけました。
「なるほど、そうなんですね。アドバイスありがとうございます、今後気をつけようと思います」
 わたしは、そう返すしかありませんでした。

 田山さんと会ったのはその日が最初で最後です。
 もう顔も、声も、はっきりとは覚えていません。
 近年、ジャンプスケアを多用せずに古い質感で怖がらせる「アナログホラー」と呼ばれるジャンルの映像作品が流行っているようです。
 新たに作られたアナログホラー風の映像なら特段問題はないのかもしれませんが、本当に古い映像……それも、ダビングなどで複製を重ねたようなものがあるとしたら……少し気をつけたほうがいいかもしれません。
「劣化しているものほど、呪われちゃってるからさ」
 その言葉だけが、何年経ってもわたしの頭から離れません。

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