ゾンビものの映画なんかを観た時に、ゾンビが人間の肉を噛みちぎるシーンは多用にある。
だが、自分が同じように人の肉を噛みちぎれるかというと全く実現できるビジョンが見えない。
つまるところ、フィクションだからこそ実現しているのだと考えていた。
話を本題に戻すと私は現在、都内で俳優として活動をしている。
今でこそ、ドラマや舞台に少しずつ出演させてもらえているが事務所に入って間もない頃は、各所に顔を覚えてもらうため、「スタンドイン」の仕事をしていた。
所謂、撮影前の照明等の確認のために俳優やタレント本人の代わりにカメラテストを行うための背格好の似た人物だ。
そんな中で、奇妙な経験をしたことがある。
その日は、CM撮影のために長野県にある中学校に訪れていた。
校舎を丸々使っての撮影であり、エキストラ含め100人以上が参加する大規模なものだ。 無論、私はスタンドインとしての参加だが。
自分が担当するのは、これから売り出し予定の中学生子役。
年齢は離れているが、身長の低い私に白羽の矢が立った。
撮影スケジュールは2日に渡っており、1日目は私がスタンドインとして入り、カメラアングルや照明を調整。
2日目に中学生子役が現場入りし、本番の撮影。
その間、私はひたすら待機。 と、なるはずだった。
1日目、メインタレントのスタンドインを務める面々が集まり、各々の衣装に着替え終えると、すぐにシーン毎のカメラチェックが行われていった。
スケジュールとしては、翌1日でCMを撮り切らなければならないのだが、現場は予定よりも押していき、気づけば朝9時から始まっていたカメラチェックは深夜2時になっていた。
時間が時間であるため監督から1日目の終了が告げられ、ホテルに行けることとなったが、2日目の開始時刻は3時間後であることが同時に告げられた。
結果、私はホテルでシャワーと軽食だけ済ませ、現場へと向かうこととなった。
2日目の朝5時から始まったカメラチェックも本番撮影の始まる予定時刻前にはなんとか終了し、スタンドインのメンバーは控え室でやっと眠りにつくことができた。
私も例外ではなく、深い夢の中にいたのだが肩を揺らされている事に気づき重い瞼を上げた。
見ると、目の前には現場の若い女性ADさんが慌てた様子で口を開いた。
「今、なんていうか……緊急事態でして。本来予定になかったんですが、手元ボディダブルもやって貰えませんか」
ボディダブル、今回の場合でいうと本人の代わりに手を撮影させてくださいと言う事だ。
所属事務所にも許可を得ているとの事だったので、私は快く快諾した。
撮影場所である校庭へ向かう道中、廊下の先を行くADさんに先ほど口にした「緊急事態」とは何があったのかを聞こうとした時、廊下に続く血痕が目に入った。
血痕が伸びる廊下の先を見ると、何人かの大人に付き添われながら、自分がスタンドインを担当した中学生子役がぶつぶつと何か言いながらゆっくりと歩いていた。
その一団をADさんに続いて追い越していく。
追い抜きざまに中学生子役が謝り続けている事に気づき、反射的に振り返った事を私は後悔した。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟き続ける本人の全ての指先から血が溢れており、何本かは先に白いものが見えていた。
更に、口の周りもまた血だらけになっており、自分自身で指先を噛みちぎったのだと容易に想像出来てしまった。
私は、口の中まで上がってきた酸味がかった熱いものを飲み込み、半分放心状態のまま製品を持った手元の撮影を終え現場を後にした。
そして現在、私はこの文章を書きながらふとある事を思った。
「あの中学校が曰く付きであったり、心霊の噂はないだろうか」と。
何気ない気持ちで検索にかけてみるが、特にこれといったものは見つからず、奇妙な体験なんて大抵オチはつかんよな、と思いながら開いた「あの中学校の在校生が書き込む掲示板」
そこにあった最近の書き込み。
『小指から骨が見えてる奴がいました(2024/03/18 21:58:10)』
やはり、あの学校には何かあるのだろうか。