すみません

 これは、知り合いの高橋さんから聞いた話である。

 今から30年程前のある日、彼女は妹さんに会う為、飛行機に乗り、当時の大阪空港に降り立った。
 荷物を受け取り通路を進むと、背後に大勢の人が、押し寄せてくるような気配を感じて、思わず立ち止まったとのこと。
 すぐに後ろを振り返って、驚いた。
(誰もいない)
 何が起きているのか、全く分からなかったが、気を取り直して、再び歩き始めた。
 すると今度は、後ろから 「すみません……」 という女性の声がした。
 それで、急いで振り返って、またもや驚いた!
(誰もいない)
 高橋さんは、ふと足元に違和感を感じて、下を見たそうだ。
 すると、自分が何かを踏み付けていることに、気がついた。それは、大量の長い髪の毛だったとのこと。
「ぎゃあー!」 と、叫び声を上げて、走ってその場を後にした。後ろは、絶対に振り返らなかった。
 急いで空港を出て、妹さんの家に向かい、ようやく落ち着いたところで、妹さんにすべてを話した。
「あの長い髪の毛を踏んでるって、気が付いた時、凄い悪寒がして、今思い出しても気持ち悪い」
 妹さんは、 「お姉ちゃん、霊感なんて無かったでしょ。何で急にそんな体験したのかな」 と、不思議そうに呟いた。
 妹さんは、2Kのアパートに一人で住んでいたので、 「怖い話は、やめよう」 ということになり、切り替えて、久しぶりに会った妹さんと楽しい時間を過ごした。
 寝室のベッドに姉妹二人で並んで就寝したが、高橋さんは、夜中に奇妙な物音で、目が覚めたとのこと。
(バタバタバタッ、バタバタバタッ)
 それは、まるで人が歩き回るような、足音のように感じられたそうだ。
 ベッドの手前に寝ていた高橋さんは、薄明かりの中、目を開けて、隣りのリビングを見たとのこと。
 すると、引戸の開いている部分から、何かモヤの塊のようなものが、ゆらゆらと動いているのが見えて、思わず飛び起きたそうだ。
 隣で寝ていた妹も、起き出して、 「何?どうかしたの?」 と聞いてきた。
 高橋さんが、 「リビングに誰かいる」 というと、すぐさま、妹さんはベッドから這い出て、リビングに向かった。
 高橋さんも急いであとを追うと、妹さんは、リビングの照明を付けて、誰か潜んでいないかと、探し回った。
 玄関、トイレや浴室まで確認して、 「誰もいないよ」 と言って、戻ってきた。
 しかしそこで、妹さんは、 「ぎゃあーっ!」 と叫び声をあげた。
「何?どうしたの?」
 高橋さんが、慌てて聞きだすと、 「お姉ちゃん!足!」
 高橋さんが、言われるままに、足元を見ると、今度は高橋さんが、 「ぎゃあーっ!」 高橋さんの足の下には、空港で踏み付けていたのと同じような大量の長い髪の毛があった。
「お姉ちゃん、空港からついてきたんだよ!」
 妹さんに言われて、高橋さんも、 「どうしよう、どうすればいい?」 すると、妹さんが、 「そうだ、塩!」 と言うと、キッチンに塩を取りに行った。
 高橋さんが、髪の毛を袋にまとめて、妹さんが、塩をぶち込んだ。
 その後、おかしな事は何も無かったので、高橋さんは、再び飛行機に乗り、安心して東京の自宅へと帰ったとのこと。

 最後に高橋さんが、話してくれた。
「でもね、妹には話せなかったんだけど、あれからずっと、時々、後ろから(すみません)と話し掛けられるのよ。もちろん、後ろを見ても誰もいない。かわいそうだよね。成仏出来なくて」 とのことだった。

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