真夏の悪夢

これは怪談というより、リアルに恐ろしかった話。

真夏の昼過ぎ、私と広告代理店の営業マンは
都心をゲッソリしながら歩いていた。

事前の営業では乗客になりそうな口ぶりだったので、
懸命に資料をそろえ、プランナーの私も同行し、
人事計画から採用広報まで幅広いプレゼンができる体制でその会社に向かった。

ところがである、いざ話を初めてみるとこれが混んでもないブラック企業。
100人単位の採用を考えているとのことだったが、
ようは半分以上が詐欺商法に近いビジネスのための
玉集めということがハッキリした。

業界のモラル、自主規制から言って、こんな企業の片棒を担ぐこともできず、半分以上やくざと思われる社長、人事部長の
「金は出してやるんだから文句ねえだろ」
という恫喝にものめけず、話しを全部すっ飛ばして帰ってきた。

あきれ果て、疲れ果てた我々は、繁華街の近くにあった小さな住宅街の児童公園みたいなところで一服することにして、
冷たい缶ジュースを片手にベンチに座り込んでいた。

その公園のちょうど反対側には、いくつかの遊具や砂場があり、親子連れが何組か楽しそうに遊んでいる。

自分も子持ちの営業マンは、俺も子供と遊んでやれる時間が欲しいですよ、とか嘆きながらも、なんとなくほっとした雰囲気。
いままでの殺伐とした雰囲気を早く忘れたいと思っていた。

そうした時である。
公園に入ってくる人影が見えた。

見れば銀行マン風というか、暑いのにスーツをきっちりと着こなし、
いかにも生真面目そうな雰囲気の30代の男である。

こいつも一服しに来たか。

まあベンチも空いてるしな、と思った瞬間、二人とも凍り付いた。
そいつの表情がおかしい。

一人で泣き笑いのような何とも言えない顔をしている。
眼は完全に座っているしどうみても正気とは思えない。

そして何よりもぞっとしたのは、奴が手に握りしめていたもの…刃渡り30センチ近くはありそうな柳刃包丁だ。
刺されるな、と思って二人身構えるが、
そいつの目には私たちの姿も映ってないようだ。

思わず公園の反対側にいた親子連れたちに、
「逃げろ!」と絶叫し、私はそちらに走る。

相棒は近くにあった公衆電話から110番。
5分もたたずその男は駆け付けた警察官に取り押さえられ連行されていったが、抵抗するでもなく、ただただうつろな目をして口元はだらしなく笑っていた。

時はバブルの時代、
ノルマに追われたどこぞかの営業マンが、心を病んだのか。

人を襲うでもなくただただ包丁を握りしめて、
蹌踉と歩いていた姿は妙にい印象に残っている。

彼は死に場所を探していたのだろうか。

朗読: 【怪談朗読】みちくさ-michikusa-

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