やさしい手

これは私がぐうたら主婦だったころのお話。

当時の夫は介護施設に勤めており、勤務時間は不規則で、
普通に会社勤めをしている私とは、一緒に寝らるのも食事をとれるのも週に数回、という生活をしておりました。

その日、夫は早朝からの出勤で、朝が弱い私は、ゴソゴソと出かけていく夫を布団の中から見送りました。
「いってきまーす」
「はい、いってらっしゃーい」
と手を振り、その手を布団の中に入れもせず、
パタリと頭の横において二度寝をしようと目を閉じてじっとしておりました。

誰かの手が、私の手のひらのうえにすっと重ねられました。
私は (夫のやつ、かわいいことするな、ふふふ) と、まどろみながらにやにやしました。
ひんやりした手でした。
私の手のひらより、少し小さいくらいの、柔らかい手でした。
ん?と、思いました。
夫は体格がよく、手のひらも指も、もっと大きいのです。
それに…、そう、それよりも…。
私は、いましがた出勤する夫を見送ったのではなかったか。

はて、じゃあこれは…
(夫じゃない!)
そう気づいた瞬間、“きゅっ”と手を握られました。
あわてて飛び起きましたが、そこにはもう誰もいませんでした。
でも、たしかに握られた手の感触が、いつまでも私の手のひらに残りました。

夢だったのかもしれません。
でも、あれは確かに女性の手でした。
優しく私に触れ、そしてしっかりと私の手を握ったのは、一体誰だったのでしょう。
『あの子を頼みます』
理屈ではなく、そう頼まれた気がしました。
私達の結婚前に亡くなった義母の、小柄な姿をぼんやりと思い出した、初冬の朝の出来事でした。

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