冷蔵庫に纏わる話

 家電量販店に勤めるKさんに聞いた話である。

 話がバラバラだったので、順番を整理してお伝えしたいと思う。
 Kさんの店に、毎週日曜日、必ず来店する男性客がいて、その人は、店員達の間で、 『チェックマン』 と呼ばれていたそうだ。
 チェックマンは、見た目、30代前半位で、背は低いが、佐藤健似のかなりのイケメンだったそうだ。
 チェックマンは、店の入口から入ると、真っ直ぐテレビコーナーに向かう。そこで、テレビを見るわけではない。
 テレビ一台一台の前に付けられたプライスカードを、一つ一つ指差して、チェックするのだという。
 そして、曲がったプライスカードを丁寧に直してくれるのだそうだ。
 その様子は、やはり障害を持った方の行動であると、店員達も認識していたが、別に暴れるわけではないし、大声を出すわけでもなかった。
 むしろ、曲がったプライスカードをきちんと直してくれるので、干渉せずに、むしろ放任していたという。
 中には、彼が来店すると、わざとプライスカードをずらしたりといった悪戯をする店員もいたらしい。
 彼が巡回するルートは、ほぼ決まっていて、テレビコーナーから始まり、隣りの冷蔵庫、洗濯機、照明器具、クリーナー、レンジ、エアコンと外側をぐるりと回ったあと、何故か中央部分はスルーして帰っていく。
 恐らくだが、レジの女性の店員達に見られるのが苦手のようだったとのこと。

 ある日曜日、Kさんが、来店されたお客様に冷蔵庫のご案内をしていると、そこにあのチェックマンがやってきて、曲がったプライスカードを直していた。
 すると、Kさんが接客していたおばあさんが、全てを察したかのように、チェックマンに向かって、 「ご苦労様です。どうもありがとう」 と声を掛けた。
 Kさんも何故かつられて、 「ご苦労様です」 と言ってしまったらしい。すると、チェックマンは、Kさん達を見ることもなく、真っ直ぐ前のプライスカードを見ていたが、その顔はとても満足そうで、嬉しそうに笑っていたのだという。
 Kさんは、 (あっ、喜んでる) と感じたそうだ。
 そして、おばあさんが選んだ冷蔵庫は、有名な国内メーカーの製品で人気があり、箱入りの在庫が無く、展示品のみの販売だった。
 おばあさんは一人暮らしとのことで、サイズ的にも丁度良かったのと、冷蔵庫が壊れて急いでいたので、Kさんは、 「展示品でも良ければ、もう少し安くします」 とお話しして、購入して頂くこととなったそうだ。
 会計のため、配達カウンターへご案内すると、レンジのコーナーから、男性の叫び声が聞こえてきた。
 Kさんとおばあさんも驚いて、思わずそちらの方に目を向けたとのこと。 数名の店員達が駆けつけて、囲みが出来ていたそうだ。
「うううううわーっ! うううううわーっ!」
 よく見ると、チェックマンが、店内中に響き渡るような大声で、繰り返し叫び声をあげていたという。
 店内は、日曜日という事もあり、大変混雑していたので、他のお客様達もざわつきながら、注目していた。 チェックマンは、周りの店員達を威嚇するように、叫び声をあげていて、その中の転勤してきたばかりの店長が、かなり慌てふためいていたそうだ。
 そして、店長がチェックマンの腕に触れた途端、彼は、更に大声で叫び、走り出して、姿が見えなくなったらしい。店内にも倉庫にも居なかったので、知らないうちに外に出たのではないかということになったそうだ。
 転勤してきたばかりの店長は、チェックマンのことを知らなかったため、 「プライスカードに触らないで下さい」 と注意してしまったらしい。
 Kさんと共にその一部始終を見ていたおばあさんが、ため息をついて、 「かわいそうに」 と呟いていたという。

 それから次の土曜日に、店舗内での防災訓練が行われたそうだ。
 朝の開店前の時間を利用して、消防署にも実際に電話するなど、本格的な訓練だったという。
『火災発生』から始まり、発見係、通報係、避難誘導係、消火係そしてお客様役があったが、Kさんはそのお客様役で、逃げ遅れて倒れているという設定だった。
 Kさんは、どこに隠れようかと冷蔵庫コーナーの辺りに来た時、ふいに制服の端を引っ張られて後ろに倒れ込んだ。そこは冷蔵庫と冷蔵庫の間の、丁度1台分の隙間で、誰が引っ張ったのかと後ろを見たが、誰もいなかったそうだ。
 仕方なく、そのまましゃがんでじっとしていると、すぐに、 「火事だーっ!火事だーっ!」 と、避難訓練が始まった。
 通報係が実際に消防署に電話をした。 続いて三人の誘導係が、 「出口はこちらでーす!」 と、Kさんのすぐ前を順番に通ったが、三人とも、Kさんには全く気付かなかったという。
 そのうち騒ぎになり、 「Kさーん、何処ですかー?」 と名前を呼ばれ、 (まずい、出なきゃ。) と、Kさんは、慌てて飛び出したそうだ。
「どこに隠れていたんですか?」 と問い詰められ、Kさんは、隠れていた場所に皆を案内したが、不思議なことに、先ほどまでうずくまっていた隙間が、何故か全く見つからなかった。
 代わりにその場所だったと思われる場所には、返品された曰く付きの冷蔵庫があったそうだ。 Kさんは、その冷蔵庫のことをよく知っていた。
 それは、Kさんが、日曜日におばあさんに販売して、火曜日に配達した冷蔵庫だった。
 しかし、配達担当者が、朝に電話を掛け、 「お昼前に配達します」 と連絡して、お昼前に配達に伺うと、その数時間の間におばあさんが亡くなられていたとのこと。
 配達担当者が、おばあさんの家に到着した時には、すでにご近所さんの通報によって、救急車が到着していたそうだ。
 朝の電話の際には、 「冷蔵庫が届くのをとってもとっても楽しみにしていたのよ」 と言われたらしい。
 おばあさんは一人暮らしで、家は空家になる為、冷蔵庫はキャンセルとなった。ご家族に代金をご返金して、冷蔵庫は、木曜日に売り場に戻されたという。

 Kさんが本当に不思議そうに、 「避難訓練の時、私、間違いなく引っ張られて、転んだのよ。それで、その隙間にいたのに、後から行ってみたら、その隙間が無くて、あのおばあさんの冷蔵庫があったから、ほんとにびっくりだったのよ」 と言う。
 私が、 「異空間とか異世界とか、そういうのだったのかな?」 と言うと、Kさんは、 「少し違う感じがする。おばあさんの冷蔵庫が、『隠れみの』になってくれたんじゃないかな。避難訓練だから、隠れなくても良かったんだけどね」 と答えた。
 私が、 「誰に引っ張られたのかな」 と聞くと、Kさんは、 「なんとなくだけど、亡くなったおばあさんか、もしかしたら、チェックマンかもしれないと思って。だって、あの時もチェックマンが逃げ出して、あっという間に、消えたんだから。チェックマンもあの冷蔵庫の『隠れみの』を使ったのよ」 と少し興奮気味に答えた。
 それから度々、店の中で奇怪な人影が、目撃されるようになったとのこと。
 それは、閉店後の暗く静まり返った店内にうごめく人影があるのだという。店員が手分けして店内を確認しても、誰もいなかったそうだ。
 店員達の間で、 「あれはチェックマンの生霊じゃないか」 と言われるようになった。
 その人影の動線が、チェックマンと同じだったことと、指差し確認の仕草が、彼のそれと酷似していたらしい。
「騒ぎになって店に来られなくなり、生霊を飛ばしているんじゃないか」 と噂された。しかし、その後もチェックマンの来店は無くなり、消息もその名前さえも不明のままとのことだった。

 後日談。
 亡くなられたおばあさんのご家族から、再度ご連絡を頂き、古い壊れた冷蔵庫のリサイクルでご訪問し、冷蔵庫を回収してきたそうだ。
 ところが、なんとその冷蔵庫の扉の内側に、サインペンで、文字が残されていたとのこと。
 恐らく、おばあさんが亡くなる直前に書いたと思われる最後の文章だった。
『れいぞうこさん今までどうもありがとう。ご苦労様でした。さようなら』
 おばあさんは、サインペンを握りしめたまま、冷蔵庫の前で倒れ、亡くなられていたそうだ。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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