監禁されています助けて

 これは私がインターネット掲示板で見かけた、不安より不満を選ぶのが人間だということが証明されたお話です。

 初夏。
 とある悩み相談掲示板に『家族に監禁されている、助けてほしい』という相談がありました。
 話を聞くと相談したスレ主は『40代女性、母親に虐待をうけている』というのです。
『夏なのにオムツをつけられ、トイレに自由に行けない。トイレは許可制。家の和室から出てはいけない。食事は3日に1度、飲み物も2日にペットボトル1本。日中の散歩は許可されているため、そのときに公園の水をお腹いっぱい飲んでいる。この年でオムツを履かされトイレにいけないのが嫌だ。どうか助けてほしい』
 それがスレ主の願いでした。
 これを見た人達は、
『どうせ作り話でしょ』
『監禁されているのにネットは出来るの? どうやって?』と不信感を顕にしました。
 私も、この頃監禁事件が増えていたことと、監禁というとすべての自由を奪われた状態、と考えていたので、作り話かもしれないと感じていました。
 スレ主が作り話だと疑う人たちに説明を始めました。
『私の両親は私が子供の頃からとても過保護だった。私が離婚し家に戻ってから、私を心配し和室に閉じ込めるようになった。働くこともできないし、家事をするにも定年退職した母親に見張られながらやっている。トイレが禁止されているから、オムツをつけられている。このオムツの画像をアップロードできればいいのだけれど、パソコンから書き込んでいるのでできない。日中の散歩は1時間だけ。お風呂は1ヶ月に1回。スマホも当然持つことが許されていない。持病の通院もしているが、両親がつきっきりで医師と話してしまうため、私が病状を主張することができない。パソコンを使うことは1日2時間だけ許されている。私は両親に心配しないでほしいことと私の自由を望んでいる』
 このスレ主はとても丁寧に文章を書き込み、誤字のひとつもありませんでした。
『40代なら親に反抗すればいい』
『この真夏にその水分量と入浴回数はおかしい、作り話のような気がする』
『本当なら然るべきところへ相談しないと』
 スレ主の状況報告を読んだ人々は様々な声をあげました。
 スレ主は『私はY市の国道○○から西に入ったところに住んでいる。散歩は1時間なので、警察署まで徒歩1時間でたどり着かない。時間が守れないとトイレやパソコンを使用する回数を減らされる。殴られる。まずは散歩時間を長くとる必要がある。そうすれば警察署に行けるから』
 具体的な地名が出てきたこと、スレ主が個人情報をネットに書き出してしまうこと、ネットに疎いこと、グーグルマップから確認できることから、この話が作り話ではないことが濃厚になってきました。
 最初はスレ主を疑っていた人たちも
『オムツのことを医師に伝えられないか?』
『散歩時間に警察署にかけこめないか?』と両親の監禁から逃げる方法を共に考え始めます。
 このスレ主の家をグーグルマップで調べる人も出てきたり、
『車で○分だ。食事なら送り届けられる。散歩で近所の公園によってほしい』というスレ主の地元民も出てきました。
 翌日スレ主から『皆さんの言うとおり、医師にオムツのことを告げたい。それから散歩時間を長くしてもらうことにする。そのためには母親の機嫌をとることと、医師と2人きりの状態を作らないといけない』
 スレ主は離婚によるストレスと両親の監禁によるストレスから脱毛症と神経症を患っており、精神科に通院しているというのです。
 ここで様々な提案が出たり、老いた両親に暴力ではむかえないのかという回答者もでてくるのですが、スレ主は3年以上この状態で監禁されているため、怖くて両親に逆らえないというのでした。
『今日も暑い。エアコンもなく窓を開けるしかない和室にいる。1日中こうしている。母親はリビングで動画をみたり、趣味をしたりしているのに、私は何故監視され監禁されないといけないのだろう』
『お風呂にゆっくり入りたい』
『1度散歩時間を守らず警察署に飛び込んだが、信じてもらえなかった。対応してくれたのは○○さん。頭がおかしいおばさんと思われてしまったのかもしれない』
 スレ主が母親から信頼を勝ち取り、散歩時間を延長できるまでスレ主と回答者はスレ主が希望を失わないように楽しい会話を続けました。
 その期間は何週間にも及び途中
『やはりおかしい。作り話なら今教えてほしい』
『こんなふうにお話してる間に何かできるんじゃないの?』と冷たく去っていく回答者もいました。

 数週間後、スレ主の我慢のかいあって 『皆さんに報告です。散歩時間を2時間にのばしてもらえました! それから、次回の通院だけ診察室はひとりで入れることになりました。これで警察署にいける。それから、この悩み相談をみている地元の人から近所の公園に飲み物をいただきました。近くの公園に置いてくれてありがとう。母親にバレてはまずいので、このごみは家に持ち帰ることはできない。どうしよう』と書き込みがありました。
『飲み物が届いてよかった』
『警察署でちゃんと保護してもらえるのかな』
 1歩前進したスレ主ですが、まだまだ課題が残ります。
『まずは主治医にオムツのことを伝えたいです。こころの病だから食事もできず、入浴もできていないと都合よく母親は説明しています。私は本当のことを伝えようと思っています』
『うまくいくでしょうか……失敗したら私はどうなるんだろう……』
 強気になったり、弱気になったりするスレ主を励まし続ける回答者たち。
 TwitterにY市に監禁されている女性がいると書き込んだ回答者もいて、それをみてこのスレ主のところにきた人も徐々に増えていきます。
 公園に差し入れする回答者も数人に増え、スレ主の体力も少しついてきたようです。

 いよいよスレ主の通院日。
『勇気をだして監禁のことを医師に伝えました。目の前でオムツを見せました。医師は驚きながらも色々と話を聞いてくれたのですが、5分おきに母親が診察室に出入りしようとします。なのですべてのことを伝えられなかった。それでも、医師に監禁のことは伝えられました。医師は両親から保護できるよう協力するといってもらえました』
 スレ主が助けを求められたことに喜ぶ回答者たち。
 それからスレ主は散歩の度に警察署に向かうのですが、取り入ってもらえずなかなか事の重大さを理解してもらえません。
 警察官も40代の女性が両親に監禁という事例はあまり聞いたことがなかったのかもしれません。
 警察官とは話がすすまなくても、医師やソーシャルワーカーとは話ができているようでいよいよ監禁から逃れられるかもしれないとスレ主はとても嬉しそうに雑談をしていました。
 本格的に夏が始まった頃、公園に差し入れしている回答者から『スレ主が今日はここにきた形跡がない』と書き込みがありました。
 いつも数分雑談しにくるスレ主の書き込みもありません。
『主さん大丈夫ですか?』
『主さんご無事でありますように』
 回答者の書き込みばかり増えていきます。
 もしかしたら母親に諸々バレて今頃酷い目にあっているのかもしれない。
 回答者は祈ることしかできませんでした。

 その3日後、いつもは丁寧に誤字ひとつなく書き込みをするスレ主から、かなり急いでタイピングしたと見られる書き込みがありました。
『皆さ、こんばんは。食べていないのに運動してフラフラにな、倒れて救急車 母親はなんとか救急車をよばせないように。でも私は救急車と警察官を呼び、すべて話し。私はシェルターにいく。書き込みできませんごめんなさい』
 監禁から助けてほしいという書き込みがあってから1ヶ月。
 ついにスレ主はシェルターに逃げることに成功しました。
 ところが……シェルターは数週間外部と接触出来ません。ネットを使うことも出来ません。
 回答者達はスレ主が自由に自分の人生を生きられるように願い、良かった良かったと解散するはずでした。

 暑い夏が過ぎ、秋になりました。
 この監禁から助けてほしいスレッドには、ほぼほぼ誰もいなくなりハッピーエンドのはずでした。
『お久しぶりです。スレ主です。シェルターから出ました。色々と選択はあったのですが、両親のもとへ戻ることにしました。警察署や医師や自治体からの忠告で両親はおとなしくなり、私は何も制限がなくなりました。シェルターは酷いところです! 本当に酷い。挨拶すらできない。早く皆さんに報告したかった』
 シェルターの保護から出てきたスレ主は、外部に話してはいけないシェルターの愚痴を書き始めました。
 それどころか、このスレッドに依存し『両親の監禁から逃れたい』目的を忘れてしまったかのように毎日書き込みを続けていました。
 ひとり残った私は彼女にいいました。
『自由になりたかったのではないですか? シェルターにまで入って逃げられたのに……インターネット掲示板に安らぎを見出してはいけませんよ。監禁から逃れたいために協力してくれた皆さんのことを思い出してください』
 そう伝えても彼女には何も伝わらず、人が去ったスレッドで彼女は話し相手を探し続けました。

 今、彼女がどうなったのかは誰も知りません。
 もしかしたら、今も助けを求めた掲示板に依存しているのかもしれません。
 彼女はひとりで自由に生活することよりも監禁されているほうが楽だったのかもしれません。
 人は環境を変えるとき戸惑い、目の前の新しい生活による不安よりも今までの生活の不満をとるといいます。
 彼女がまた不自由な生活をしていないことを心から祈ります。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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