ドラえもん

 俺の幼馴染である八潮には霊感がある。
 20年近くの付き合いにも関わらず、それを知ったのはつい数年前のことだ。

 オカルト好きの俺が、八潮に根掘り葉掘り聞くと、奴は酷くめんどくさそうな顔をして適当に受け応えをする。
 自分に霊感があるとバレると、こうやって色々聞かれるのが嫌でずっと黙っていたらしい。
「なあ、今までで一番怖かった話とかないの?」
 いつものように俺の家で宅飲みしてダラダラ喋っているとき、ふと沈黙が訪れた瞬間に聞いた。
 八潮は「またか」と、鼻で笑い、「ねーよ」とまたしても適当に答えた。
 想定していた反応だったので、俺はポテチを口に放りながら「だよなー」とこれまた適当に言う。
 八潮は、グビッっとビールを一口、怠惰的に飲み込んだあと、「あー……一個あるわ。マジで怖かったこと」と呟いた。
「えー! なに! どんな話よ!」
 いつもつれない態度の八潮から意外な反応が返ってきたことで、俺のテンションはマックスになった。
「4年のクラス替えで、俺とお前で別々のクラスになっただろ? あの時の話なんだけど」
 以下、八潮の話。

 4年2組になった八潮は、そのクラスで「大崎さん」という女子と隣同士の席になった。
 大崎さんは、明るく活発でとても可愛い子だった。
 その当時、俺も八潮から好きな子は大崎さんだと聞かされていた(というか、無理矢理聞き出した)ので、知っている。
 どちらかといえば男子の友達が多く、ボーイッシュ、それでいてオシャレで顔も可愛い。勿論、男子人気も非常に高い。
 好きな子と隣同士の席になれたもんだから、普段は感情がわかりにくい八潮も分かりやすく喜んでいたのを覚えている。
 そして、そのクラスには大崎さんとは対照的に、暗く目立たたず、どこか陰鬱な雰囲気のある「小山さん」という女子もいた。
 八潮はどうにもその小山さんが苦手だったのだが、彼女とも通路を挟んだ隣同士だった。
 ある日の昼休み、八潮がランドセルに付けていたドラえもんのキーホルダーに、大崎さんが反応した。
「ドラえもんだ! 可愛いー! 私もドラえもん大好きなんだよね」
 突然好きな子から話しかけられてキョドッた八潮だったが、なんとか取り繕ってドラえもんの話を続けていた。
 なんやかんやと話してるうちに数人集まってきて「先週のドラえもん見た?」「声変わってなんか変な感じだわ〜」などと、ドラえもん談義に花が咲いた。
 すると、ずっと自分の席から話を聞いていたらしい小山さんが、「うちにもドラえもんいるよ」と声を張り上げた。
 意外過ぎる人間からの意外過ぎるセリフに、シーン……となる八潮たち。
「どういうこと?」
 真っ先に口を開いたのは大崎さんだった。
 小山さんはこちらを見ながら、真剣な表情を崩さずに「ドラえもんって、押入れにいるんでしょ? ……うちの押入れにもいるの。願い事すると叶えてくれるし」と答えてから、自分の机の上の消しゴムを集める作業に戻った。
 少しの沈黙の後、男子のうちの1人である勝島が「いるわけねーだろ!」と嘲笑を含んだ声で言うと、聞いていた男子たちがどっと笑う。
 小山さんはギロっと勝島たちを睨みつけ、「じゃあ見に来たら?」と一蹴したところで、タイミングよくチャイムがなった。
 放課後に帰りの支度をしていると、勝島たちが小山さんの机を囲み何やら話している。
「よし、じゃあ行く人ー?」と勝島が言い、数人の男女が俺も私もと声を上げる中に、大崎さんもいた。
 どうやら小山さんの家にドラえもんの真相を確かめに行くと言うのだ。
 勝島はこちらをみて、「八潮は?」と聞いてきたので、面倒だとは思いつつも、大崎さんと仲良くなれるチャンスとばかりに「じゃあ俺も」と答えた。
 小山さんの家は、マンモス団地群の中の一棟にあった。
 八潮を含め、その団地群に住んでいる数人が騒ついた。
 まさか小山さんもこの団地に住んでいるとは思わなかったのだ。
 通学路も同じはずなのに、会ったことがない……というよりも、印象にない。
 小山さんはそれほどまでに存在感が薄い子なのだと、改めて認識したという。
 さらに、小山さんの家がある棟は、「自殺棟」として内外から有名な棟だった。
 飛び降りや首吊りが横行する棟。 この時、八潮はすでに嫌な予感がしていた。
 ここで少し補足すると、小4時点の八潮は、見る・見ないを切り替えることができるようなっていた。
 恐ろしいものを見ないようにする為、自己防衛として、自分なりに感覚を切る・鈍感にさせる……という方法を編み出していたらしい。
 なので、何か嫌な感じがするとは思いつつも、「見る」勇気はなく、そのまま小山さんの家に入っていくみんなを追った。
 小山さんの家は5階の角にある。
 家に入ったとき、一番に感じたのは「本当にここに人が住んでいるのか?」というものだった。
 今で言うミニマリズム……というべきか、最低限の家具や寝具が置かれているのみで、テレビや娯楽品などは一切なかった。
 しかも、壁という壁・窓という窓には、白い布が雑に張られている。 見るからに異様な部屋の様子に、全員が押し黙ってしまった。
 顔を見合わせて、苦笑したり、アイコンタクトで「やばい」という合図をしたり。
 そんな中、勝島は躊躇なく部屋に上がり込み、「テレビないのかよ」「なんにもねーな」など軽口を叩いている。
 小山さんは「ドラえもんはこっちにいるから、来て」と言って、奥の部屋へとみんなを案内した。
 襖を開けた瞬間、八潮は肩甲骨の辺りがチリチリと痛み出した。
「これはやばい」「入っちゃダメだ」と自分の中の何かが警告している。
 だが子供だった八潮には、友人達をその部屋から出す術がなかった。
「私の部屋」と案内された部屋は、やはり壁や窓に白い布が張られていて、部屋の真ん中にはちゃぶ台が置かれ、その横に布団が一式、綺麗に畳んで置かれていた。
 そんな殺風景な部屋のなかに、ひっそりと女の子の姿の薄汚れたぬいぐるみが立てかけられている。
 小山さんはおもむろにランドセルをぬいぐるみの横に置くと、「この押入れにいるよ」と言って、布団の横にある襖を開けようと手をかけた。
 みんなが押入れに注目し、ごくり、と固唾を飲んで見守る中、スーーーッと襖が開いていく。
 中身が露わになった瞬間、八潮は恐怖のあまりに体が硬直した。
 押入れに居たのは、ドラえもんなんかではなかった。
 押入れの壁にもたれるようにして死んでいる男だった。
 声も出せずに固まっていると、「なんだよ、なんもねーじゃん」という勝島の声が聞こえて我に返った。
 他の子供たちも、押入れに体を半分ほど入れて中をくまなく見ながら「何もいないよ」と声を上げる。
 そこでようやく、この男は霊体で、他の者には見えないんだ……と理解した。
 恐らく、そこに注目してしまっていたが為に、見えないようにと切っていた感覚が繋がってしまったのだ。
「目の前にいるじゃない!」と半狂乱になった小山さんと勝島が小競り合いを始めると、他の子と一緒に押入れを覗いていた大崎さんが「うわっ」と驚いて身を引いた。
 どうしたの? と隣りの子が聞くと、大崎さんは「耳元で虫が飛んでるような音が聞こえた……いない?」と不安そうに辺りを見回している。
 大崎さんの斜め後ろにいた八潮は、大崎さんの肩に止まっている、銀蝿程の大きな蠅を見つけた。
 どうやら他の子にも大崎さんにも見えていないようで、八潮は周りに気付かれないように手でパッと蠅を払うと、ふっ……と消えていった。
 なんとなくその蠅が善い者ではないと悟った八潮が周りを見渡すと、なんと蠅は部屋中にブンブンと羽音をたてて飛び回り、壁や友人達にとまっている。
 勝島に至っては身体中に蠅がとまり、ほとんど誰だかわからない状態だ。
 同様に、大崎さんにも大量の蠅がとまっている。
 八潮は「もう帰ろう! 俺、習い事あるし!」と、自分でも驚くほどの大声で叫んだ。
 恐怖と焦燥感で、声のボリュームがわからなくなっていた。
 わざとらしかったかも……とも思ったが、意外にもみんな「そうだね」「帰ろうよ」と、同調してくれた。
 きっとみんな、無意識のうちに異様な雰囲気に気付き、恐怖していたのだろう。
 我先にと玄関から飛び出す。 その混乱に乗じるように、八潮は必死にみんなにくっついた蠅を払いのけた。
 自分が最後に出て、玄関の扉を閉めるその一瞬、小山さんが恨めしそうに自分を睨んでいたことに気がつき、背筋が凍りついた。

 その後、勝島が交通事故に遭って骨折したり、一緒に行ったクラスメイトのうち何名かにちょっとしたトラブルが起こったが、いずれも大きな不幸にはならずに終わった。
 そしてそこから数ヶ月後、小山さんは家庭の事情とやらで転校していったのだとか。
 小山さんのお母さんが飛び降り自殺をしたことで親戚に引き取られたらしい……という噂があったが、真偽の程は確かではない。
 大崎さんとはよく話す仲にはなったらしいが、中学進学と共に自然消滅したということだ。もったいない。
 八潮は当時を思い出しながら、「あの蠅はきっと呪いみたいなもんだったんだろうな。それを俺が無自覚にだけど払ったから、呪い返しみたいな感じになったのかも」と語った。
 無自覚に呪い返しするとか、俺の幼馴染はどんだけつえーんだよ……と思ったが、どうせ鬱陶しがられるだけなので言わずにおいた。

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