続・ドアスコープ

 ホラホリ好きの皆様に、ぜひともシェアしたいお話がある。

 私の同僚の亮二さんには秘密がある。 隣人の飼い猫を轢き殺したことだ。
 仕事から帰ってきて、駐車スペースに愛車をバックで入れていたら、何かに乗り上げた感覚があった。 降りると、血溜まりができている。
 首輪には、アパートの隣室の部屋番号が書かれていた。 ちょうど翌日はゴミの日である。
 外から見えないようにして、夜のうちにこっそり捨てた。
 数日後の朝、亮二さんは日課のランニングに出た。
 電柱の貼り紙が目に入ったという。
〈さがしています〉の文字と、白い猫が写った写真・名前はミケ・5才など、情報が並んでいた。
 隣人に会ったことはなかったが、日頃聞こえてくる生活音から、小さな女の子と母親が二人で、飼い猫とともに暮らしているのだと想像していた。
 猫の件があった以降は、隣から漏れてくる声が、いつもより心なしか寂しく、静かに感じられた。
 アパートの外から「ミケー?!」と探して歩く子どもの声が聞こえきた時には、心底、心が痛んだという。
 それから何週間か過ぎたころだった。 隣室から猫の声が、また聞こえはじめた。
 ──ああ、よかった。新しい猫を飼ったんだな。
  賑やかさを取り戻した隣の会話に安堵し、亮二さんはいつも通り朝のランニングに出た。 電柱の貼り紙が剥がされており、それに気がついたご婦人方が井戸端会議をしていた。
「猫、見つかったのかな?」
「さあね。諦めたんじゃない?」
「旦那も子どもも死んじゃって、代わりに飼い始めた猫までいなくなっちゃって……かわいそうだよね」
 ──子どもも死んじゃって?
 亮二さんはランニングをやめて、部屋に戻った。 壁に耳を付ける。
 耳を澄まして、よく聞いて、分かった。 分かった瞬間、総毛立った。
 隣から聞こえるのは、いつも通りの家族の談笑。 ──ではなかった。 声マネだった。
 女性が一人三役で、子どもと猫の声マネをまじえながら、一人で会話している。
「また野菜残して」
「ママ、ごめんなさい」
「ミケも何か言ってあげて」
「ミャウミャウ」
 汗が頬をつたう。
 亮二さんが動けないでいると、会話がぴたりと止んだ。
 静寂に息をのんでいると、いきなり 「何、聞いてんだよ!!!!!!」
 女の怒声が耳を刺した。 音は立てていないはずなのに。
 亮二さんはそれから友人の家に泊めてもらい、逃げるように退居したという。

 以上が亮二さんから聞かせてもらった体験談である。
 私はこの話に聞き覚えがあった。 しかし、どこで見聞きしたのか思い出せず、気になって本棚の怪談本や、ネットのまとめサイトなど、いたる所を探した。
 答えは当サイト・ホラホリにあった。
〈米田コメ(こめだこめ)〉という人物から、2018年に投稿されている話がある。 タイトルは「ドアスコープ」。
 米田氏による投稿はこの一編のみ。 似たシチュエーションの話である。
 アパートの隣室に住む女性が、物理的に不可能な位置からこちらの行動を読んでいて、「何見てんだよ!!」と怒声をあげる話である。 詳細はぜひ読んで頂きたい。
 私は必死だった。 今度はX(旧Twitter)にて〈米田コメ〉を検索する。 ヒットしなかった。
 今度はアルファベットで打ってみる。
 すると〇〇というアカウントがヒットした。プロフィール欄に「怪談好き」とある。
 アカウント名は変わったのだろうが、@以下がアルファベットでkomedakomeのままだった。
 DMにて連絡を取ってみるが、はじめは無視された。
 しかし、私も必死である。 何度も送るうちに、返信が来た。
〈いぬいはじまたのかがみ〉 とだけ書かれていた。
 それは何ですか?と聞くと、一言、 〈うつらないように、おまじないです〉
 そこから、数ターンやり取りすることができた。
 時期は異なるが、二人は同じアパートの同じ部屋に住んでいたことがわかった。
 時系列をまとめると、亮二さんの体験談は2010年の出来事。
 米田氏の体験談は2012年の出来事となる。 さらに私が〈最も聞きたいこと〉を尋ねようとした時、アカウントはもう、消えていた。(2024/02/28現在)
 なお、亮二さんによると、引越し先でも「ミケー?!」と呼ぶ声や角部屋で隣は雑木林なのに、時折あの女性の一人語りが聞こえてくるという。
 しかし、それらは私に話した時点でおさまったとのこと。
 今現在の私の状況はお察し願いたい。 そして、お許しください。 私も必死なのだ。
 YouTubeでは、怪談朗読がブームである。
 朗読を聞かれた視聴者の皆様は、コメント欄に〈いぬいはじまたのかがみ〉と書かれることを推奨する。
 皆様のもとに、女が現れないことを祈る。 申し訳ない。 ごめんなさい。

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