街灯の下、土手の下

 小学校高学年の夏休み、九州のとある県に住む伯父さんのところに遊びに行った時の話。

 毎日、色んなところに連れて行ってもらったり、地元の美味しいものをたらふくごちそうになったり、夜には花火をしたりと、本当に楽しい夏休みを過ごしていた。
 その日の夜も、カブトムシを捕りに行こうと、伯父さんと私の二人で車に乗り出かけた。
 結構な田舎のこの場所では、カブトムシは山には捕りに行かず、車で山間にある街灯の所へ行くだけでいいのだ。
 街灯の光に誘われたカブトムシが、その下の地面をモソモソ歩いているので、そいつをひょいと捕まえる。
 何か所か街灯を巡れば、あっという間に虫かごの中はカブトムシでいっぱいになった。
 もうこれ以上捕っても、かごに収まらなので帰る事にした。

 車は土手の様な所を走っていた。土手の左手にはアユが捕れる河、右手には葦だかススキだか、シュッとした草が生える野原が広がっていた。
 この道にはほとんど街灯もなく、たまに思い出したようにポツンと一本立っていたりする。
 大概は、その街灯の傍に家があったりした。つまりは、その家の為の専用街灯という感じなのだろう。
 その日は、半月位の月齢の月が出ていて、その月光で川の水面や野原の様子がぼんやりと分かった。
 夏だけど川を渡る風は涼しく、車の窓を開けていると少し寒く感じるぐらいだった。
「ありゃりゃ!」と、突然伯父さんが素っ頓狂な声をあげた。
 速度を緩め、少し先の街灯まで走らせて、その光の下に車を停めた。
 車を降りたおじさんがボンネットを開けると、マンガみたいにボワンと白い煙が立ち上った。車の故障らしい。
 でも心配は要らなかった。伯父さんは車の整備士なのだ。
 トランクに沢山積んであるプロ仕様の工具をいくつか見繕うと、ボンネットの中を覗き込みながらガチャガチャと修理を始めた。
 私は特に手伝うこともなく、手持ち無沙汰だったので車から降りて周辺をぶらついた。
 この街灯の下にもカブトムシがいるかもと探すと、いた。メスのカブトムシだったが、せっかくなので満員の虫かごに詰め込んだ。
 ふと、街灯があるという事は家があるのかなと、右側土手下の野原を見下ろした。
 やはりそこに家はあった。が、どうやら廃屋の様だ。
 真っ暗で、かなり朽ちていて、背の高い草に埋もれる様に存在している。
 軒下には錆びた農具類が立てかけてあったり倒れていたりという状況。
 それらの農具に混じってベッドシーツのようなものが頭のないテルテル坊主の様に軒下にぶら下がってる。
 暗い景色の中にその白いシーツのような布だけが街灯と月光を反射してぼんやりと光っていた。

 土手の縁まで行って廃屋に近いてみた。
 それはシーツではなかった。ボロボロの白い着物のようなものだった。
 暗闇に目が慣れて来て、細部が見えるようになってくると、頭のないテルテル坊主じゃないことも分かった。
 頭はあった。闇に紛れるように黒い長い髪の生えた頭があったのだ。うなだれているのか、顔は覆いかぶさった髪で見えなかった。
 やがて、手足もある事に気づいた。血の気がなく白い着物に同化するほど白い手足。
 それは、吊り下がっているのではく、だらりと軒下に立っているのだ。
 私はうなだれた黒髪の頭を見つめていた。見つめていたというか、目が離せなくなっていた。
 その場から一歩も動いていないのに、どんどん大きくはっきり見えてくる。
 まるで双眼鏡を覗いているかのような感覚。
 すぐそばにいる様なほどに見えた時、うなだれながらも、こちらを睨んでいる目をぞろりと垂れた髪の隙間に見つけた。
 途端、強烈な寒気というか怖気が全身の毛穴を泡立たせた。
 私は後ずさりしながら車に戻り後部座席でうずくまって歯をガチガチならせて震えた。
「よし! 終わった」
 白かった軍手を真っ黒にした伯父さんがボンネットを閉め、運転席に乗り込んだ。
「どげんしたと? 眠かね?」
 みたいな感じの方言で後部座席に横たわってる私に声を掛けてきたので、「うん……」と答えた。
 キーを回すとちゃんとエンジンがかかり、改めて帰路に着いた。
 私は家に着くまで、外の景色を見ることが出来なかった。
 時折、虫かごの中で飛ぼうとするカブトムシの低い羽音がとても不気味に聞こえた。
 さっきの場所で捕まえたカブトムシが虫かごの中にいるのがなんだか怖くなってきて、狭いカゴの中で可哀そうだからと伯父さんに告げて、帰宅途中の山あいですべて逃がして帰った。

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