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蠅の音

専門学生の頃、授業中でも周りは結構うるさくて、
いつも私語でざわざわとしているような状態でした。
たまにスマートフォンや携帯電話が鳴り響くこともあり、
『落ち着きのない学年』というのが教師の共通認識だったと思います。

夏休みが近づき、テストが目前に迫っている頃、私の後ろに座っている男子が
教室で蠅の飛ぶ音を真似していることがありました。
その後もその男子と同じ学科で、
選択科目も同じでしたので、たまにその音を聞くことがありました。
蝉も鳴くような頃になり、そこに蠅の音が加わってそこそこうるさかったのですが、その音が似ていて笑ってしまう事もありました。
授業が終わった後、男子が後ろの方へ集まりました。

「お前、ほんと最高!あの蠅の音、マジリアルだよな!」
「俺、練習してるからさ!」
「どうやって練習すんの」
「ほら、この間、海に行ったから」

何の話だろう、と思いました。
一瞬、聞き間違えかもしれないと思いましたが、
海に行った、と確かに彼は言いました。
蠅が海にいるというのは強ち間違えではありません。
学校の近くに海があるのですが、
その浜辺にはいつもゴミや魚の死体が打ち上げられていました。
魚の死体には蠅が集まっていることがありました。
その時は特に考えることなく、
次の授業もあったのですぐに忘れてしまいました。

次の日、また蠅の音が聞こえました。
後ろをそっと振り向くと彼がいたので、
また蠅の音を真似しているのだと思いました。
しかし、彼は手を振ったり、
周りをきょろきょろ見回したりと落ち着かない様子でした。
しかも、ずっと音が鳴りやまず、
まるで私の周りを飛んでいるかのようで、不快でした。
顔見知りではあったので「やめてよ」と小さく伝えたのですが、
彼は首を振りました。
嫌がらせのつもりなのかと最初腹が立ちましたが、
彼の顔が白っぽくなっているのが見えて、何か違和感を感じました。

授業の後、すぐに「もうやめて欲しいんだけど」と伝えると
「俺じゃない」と彼は言いました。
「昨日、海に行ってから、離れないんだって。でも、すぐにどっかいくから」
と、自身の周りで手を振ったりしています。
私には彼の周りに飛ぶ蠅の姿は見えませんでしたし、
音も聞こえませんでした。

ふざけているのかと思い「でも、蠅の音、今は聞こえないよ」と言いました。
「嘘だ、まだ飛んでる」と彼は言い、
「また海に行けば、どっか行くんだ」と言いました。
「そういえば、最近ずっと海に行ってない?」
と私が疑問に思っていたことを聞くと、
「行かないと忘れちゃうだろ?」と彼は言いました。
蠅の音を忘れるってなんだ、と私は思いましたが、
その時、ふと思い出しました。

学校の近くの海はよく人が溺れる事で有名でした。
海水浴場でもないのに、勝手に泳いだ男子生徒が何人か流されて行方不明だとか死んだという話も珍しくありません。
私が高校三年生の頃に泳いでいて死んだという
男子学生のことを思い出しました。
その時の噂を思い返せば彼の出身高校の男子生徒で、私と同学年、
つまり彼と同学年の男子生徒です。
私は溺れた男子生徒が彼の友人だったのかもしれないと思いました。
もしもそうだとすれば、彼の傷に触れてしまうのではないかと思いました。
しかし、その仮説があっているとして、何故彼は海に行くのか疑問でした。
私が黙り込んでいると彼は少し笑って言いました。
「俺、憶えてるんだ。だから夏になったら忘れないようにしてるんだ」
そういって、彼はにやりと笑って「ん~、ん~」と蠅の音を真似しました。

私は好奇心が強い性分で、つい、図書室で新聞を調べてしまいました。
ひっそりと載っていた新聞記事には海で行方不明となった男子高校生が六日後に遺体で発見、とありました。
行方不明から六日後に打ち上げられていた死体がどんな風になっていたのか、想像しただけで蠅の音が聞こえてくるようでした。

死亡した男子生徒は彼の出身高校。彼と同学年で間違いありません。
発見者は高校生とありましたが、彼なのかはわかりません。

私はあの時、どんな気持ちで彼が笑ったのだろうか、
と未だに考えてしまいます。
人怖とはちょっと違うかもしれませんが、ぞっとした話です。
夏になると思い出すので投降しました。
面白い話ではありませんが、皆様も海には気を付けてください。

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