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古本屋奇譚③律儀な幽霊

幽霊といっても、皆が皆、怖いというものではないという話。

私が古本屋の倉庫として借りていたところはだだっ広い工場の跡地。
つくりも実に簡素でその上広すぎて冷暖房も入れられない。
そこに絶版文庫とミステリー小説を中心に、数万冊の在庫を置き、常時数千点はネット上のショップに掲載するようにしていた。

掲載した本だけは、ナンバーをつけ、ありったけの安い本田に番号順に並べて置く、という雑な商売。

ある年の冬場、あまりにもネットの売れ行きが落ちてきたため、出品していた本を大量に入れ替えることにして、学生時代に専攻していたフランス演劇や芸術関係の自分の蔵書を出品することにした。

手放すには惜しい本が多かったが、経営危機に直面しては仕方がない。
泣く泣くの思いで3000冊程の出品を1週間ちょっとで終えた。

すると毎晩午前12時を過ぎると、なんとなく出品物を並べた棚の周りが妙だ。
確かに人の気配がある。
そしてただでさえ寒い倉庫の空気が一層冷たくなるのだ。
そしてその気配は、必ず午前3時ころにはすっと消えてしまうのだ。

そんな毎日が続いたとき、まだわかれる前の女房が
「あの子、毎晩熱心だね」
と感心したようにあきれたようにつぶやいた。

どうしたわけか、霊感のない女房にはその姿が最初から見えていたらしい。
私にはただ気配しか感じなかったのだが、気になっていたので一度その姿を見てやろうといつも気配を感じる時間帯に、本棚の近くに出てみた。

すると間もなくである。

薄青い光のようなものが目前に現れると、徐々に人の姿に変わっていく。
どういうわけか私も女房も恐怖感は全く感じなかった。

やがて完全に人の姿になったそれは、小柄で古い(おそらく戦前だろう)学生服を着た二十歳前後の青年の姿になった。
顔は不思議とはっきりしなかったが、
いかにも古い時代の文学青年、といった感じ。

そして私たちの視線に気づくと、いかにも申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げる。

ああ、よっぽど生前は本が好きな子だったんだな、
と思うと妙に親近感がわいてきて
「遠慮しなくても、いつでもおいで。好きなだけ読んでいいんだよ」
と声をかけていた。
するとその学生さんは、驚いたように、
でも嬉しそうにこちらに向かって頭を下げる。

それからも定時の訪問は毎日続いた。
すると不思議な現用が起こったのである。

彼がどうやら読み終わったらしい本が、次々と驚くべきペースで売れていくのだ。そのおかげもあって、倒産寸前から少しの間、延命することができた。

そしてその年の盆、またまた不思議なことが起こった。
訪問者が二人になっていたのである。

青年の横に立っていたのは、初老の上品な女性。
なんとなくだが、この青年の母親かな、と思った。
そしていつもの青い光が一層輝きを増したかと思うと、
二人は私たちに深々と頭を下げた。

「ああこれは、母親が厳正に未練があった我が子を迎えに来たな」
とすぐに悟った。

思わず声が出た
「今までありがとう、君たちさえよければいつでもきていいんだよ」と。

しかし彼は母親に手を引かれ、天に昇ったのだろう。
それから彼がやってくることはなかった。
棚の本はまた塩漬けになって、入れ替えを待つことになってしまったのである。

その後、倉庫の土地について調べてみたが、それらしい人物が住んでいた、という話はなかった。
ただ田舎の地方都市だが、古くから作文教育や読書教育に熱心な旧制中学があったようだ。その学生の一人かな、とぼんやり思うだけである。

朗読: 朗読やちか

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