ポンコツ劇団行状記③女性専科

小さなアマチュア劇団に入団して数年後、演出家志望だった私は、
無理矢理に頼み込んでアトリエ公演を行うことになった。

出演者は劇団の看板女優、そしてキャリアは2番目に古い、
まあ若造からすれば扱いにくい二人。
しかも二人は犬猿の仲といってもいい関係だった。
実をいうと私は、この看板女優の演技が大嫌いだった。
確かに芝居にそつはないし、安定はしている。
しかし最大の問題点は、年齢的なこともあるが何をやってもいいおっかさん、
まじめな主婦になってしまい、
いわゆるその根本にある「女のさが」みたいなものが全く見えてこないのだ。

これに反して2番手女優は、はっきり言って芝居はお粗末。
性格的に問題があり、すべてを自己完結させてしまう、
思い入れが強すぎてほかの役者から浮いてしまうのだ。
しかし彼女には素晴らしい素養があった。
きっちり女、としての業や性を見せることができるのだ。
とにかく後一皮むけたら、絶対に名女優になれる、私は確信していた。

そして私自身、彼女を女優としてだけでなく、
一人の女性としても心底惚れてしまっていた。
ちなみに年齢は看板女優が50代、二番手女優が30代半ば。
20代後半の私にはかなりの難物でもあった。
正直、劇団内でもこの二人を組ませることには反対の声がおおかった。
それでも押し切ったのは、どうしても自分の手で二番手女優を開花させ、
古い演技体系、劇団の体質をどうしても変えたいという、
若さゆえの思い込みがあったからに他ならない。

選んだテーマも重かった。
戦後、ある地方の片田舎に住む老婆が差別に苦しみ続ける若い三国系の女を、
豊富な人材経験で救う、というのが簡単な筋書きだが、
とにかく典型的な二人芝居。
静かな火花が散るようなやり取りにならなければ成立しない。
正直言って、仕上がりは満足できなかった。
どうしても表面的優等生と悲劇のヒロイン、の関係になってしまい、
女の業が見えてこないのだ。

そして割り切れない、自分の力不足を痛感しながら本番。
アトリエ公演で研究会的な要素もあり、
客は地元演劇界のうるさ型と他の劇団員ばかり。
酷評を覚悟したが、意外にも2番手女優がきれいになった、
などという評価もいただいた。
それはさておき、事件は客席で起きていた。
狭いたこつぼような会場なのだが、劇団関係者ばかりの客席に、
かなりの高齢と思われるモンペ姿の老婆が座り、
涙を流していた、いつの間にか姿を消していた、という声が上がった。
そして第二、看板女優が激怒している。
芝居の最中、セットの裏から女が話す声がずっと聞こえていたというのだ。
その時女性スタッフは私の傍らに降り、セットの奥は無人。
「ちがうのに」「そうじゃない」とかセリフを話すたびに言われたという。
そして極めつけは、アトリエに隣接した民家から怒鳴りこまれた。
「真夜中に変な婆さんが、階段をばたばた駆け上がっている、
うるさくて仕方がない」と大激怒。
ところが不思議なことに、このような苦情を寄せてきたのは、
なぜか全員女性なのだ。

男は誰も感じていない、見てもいない、聞いてもいない。
その時私ははっとした。
やはり女の業は女にしかわからない、
えらそうなことを言っても自分自身何もわかっていなかったんだと…。

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