こっくりさん

 私が小学生の時の話です。

 当時、私のクラスではこっくりさんが流行っていました。
 火種は、歳の離れたお姉ちゃんのいる子が、お姉ちゃんから教えて貰ったと言って、クラスにその話を持ってきたことだったと思います。
 幼いながらに「こっくりさん」という名前だけ知っていた私たちは、恐怖半分、好奇心半分でこっくりさんをやってみることにしました。
 自由帳の紙を1枚ちぎって、鉛筆で鳥居と、「はい」「いいえ」そして五十音を書きました。
 ランドセルに入っていた公衆電話で使う用に親から渡されていた10円玉を使って、こっくりさんの準備は万端です。
 教室は放課後になってもちらほらクラスメイトが残っていたので、滅多に使わない家庭科室に友達数人で行って、こっくりさんを始めました。
 家庭科室の机に紙を置き、鳥居の所に古っぽい10円玉を置いて、みんなで人差し指を乗せました。
 お決まりの文句はみんなで、せーの、と言ってから唱えました。
「こっくりさんこっくりさん、おいでください」
 これを3回唱えます。唱え終わったら、質問を始めます。
 質問は他愛のないことだったと思います。
 覚えているのは、クラスメイトの男子の好きな子だとか、独身のかっこいい先生がいつ結婚するのかだとか、今日の夕飯のメニューだとか。
 10円玉は動きました。
 もしかしたら誰かが動かしていたのかもしれませんが、その時の私たちにはそんなことはどうでも良くて、噂通り動く10円玉と、10円玉が導く文字に夢中になっていました。
 4-5個質問をして、こっくりさんは終了です。
「こっくりさんこっくりさん、どうぞお帰りください」
 これをまた、みんなでせーのと言ってから3回唱えます。唱え終わったら10円玉から指を離します。
 私達の地方ではこっくりさんに使う紙は必ず鉛筆で書き、こっくりさんが終わったら消しゴムで綺麗に書いてあるもの全てを消して、紙を白紙の状態にして捨てないといけないというルールがありました。
 また、10円玉はその日のうちに使ってしまわないといけないというルールもあり、家に帰ると使った10円玉を親の財布に入れ、別の10円玉をランドセルに入れて、親にスーパーへ買い物に行こうとせがむのでした。
 私たちはこっくりさんに夢中でした。
 毎日のように、「こっくりさん、やろ」と授業中に手紙が回ってきて、放課後になったら家庭科室に集合です。
 授業中に書いた五十音表と、10円玉を持って。
 質問は、誰かの好きな人だとか、テストのタイミングだとかであまり変わりません。メンバーもそこまで入れ替わりはありません。

 そんな日が、2週間ほど続きました。
 ある日私は、父にこっくりさんのことを聞きました。
 こっくりさんってどんなものなのか、何者なのか興味があったのです。
 しかし学校の図書館や町の図書館に詳しい資料もないですし、難しい漢字も読めない私は父に聞くことにしたのです。
 父は幽霊等の類は全く信用しておらず、例えこっくりさんが怖いものであっても、笑い飛ばしてくれるかな、なんて思っていたのです。
 しかし父は、こっくりさんの質問をする私を良いようには思わず、「どうしてそんなこと聞くの?」と言いました。
 私は咄嗟に、本を読んだら出てきた、と嘘をつきました。
 父は何も言わず、暫くしてから、「こっくりさんなんて絶対にやるな。絶対だ。誘われてもするな」といつになく真剣に私に言いました。
 普段そんなに真剣な顔付きをすることもないので、私はぞっとしましたが、「わかった……」とだけ返事をしました。
 父に止められた私ですが、学校に行けばいつものメンバーに誘われ、こっくりさんを続けました。
 父と話した翌日、メンバーに一応、「お父さんがこっくりさんやるなって言ってた」と告げましたが、「大丈夫だよ、何も起きてないじゃん」とメンバーの1人が言ったため、それもそうかと結局続けてしまいました。

 ある雨の日のことです。
 いつものようにこっくりさんやろうと誘われたため、私たちはいつものように家庭科室に集ました。
 今までと同じように書いた五十音表と、10円玉を置いて、こっくりさんを始めました。
 1つ目の質問、2つ目の質問が終わって、3つ目の質問をしました。
 すると、10円玉が、急に五十音の上をぐるぐると回り始めたのです。
 いつもと違う様子に、友達が「え、何?いつもと違う……」と言ったっきり、私たちは何も言えなくなってしまいました。
 暫く10円玉は回り続け、ある文字の上で止まりました。
「し」でした。
 私たちは、「し……?」と文字を読みます。
 10円玉は動きました。
 次の文字は 「ね」 でした。

 友人が「しね……? 今しねって動いた? 嘘……」と震えた声を出します。
 私たちも「しね? やだ怖いよ、やめよ、帰ってもらおうよ」と互いに言いましたが、あるひとりが、「ねえ、この人本当にこっくりさんなの? 誰なのか聞いてみようよ、こっくりさんじゃないかもしれない」と言い出しました。
 私は直ぐにでも辞めたかったのですが、確かにこっくりさんじゃないなら謝らないといけない、という話になり、もう一度質問をしました。
 10円玉を多分誰かが鳥居の所まで動かして、 「こっくりさんこっくりさん、あなたは、だれですか?」と質問しました。
 10円玉はゆっくりと動き始めます。
 動いた先の文字はやはり 「し」「ね」 でした。
 質問をした子が
「やっぱりしねじゃん! やめよ、やめようよ、10円玉鳥居のとこ持ってってさ、もう辞めよ!」と言ったので、みんなで力を入れて10円玉を鳥居のところまで動かし、「こっくりさんこっくりさん、どうぞお帰りください」と3回唱え、指を離しました。
 怖くなった私たちは一目散に家庭科室を出て教室へ戻り、ランドセルを背負って逃げるように学校を後にしました。

 その後は、こっくりさんはやっていません。
 私たちの間ではこっくりさんという言葉も、何となくタブーになりました。
 念の為、後日、私たちの町にある、お狐様を祀ってある小さな社へ私と友人1人で出向き、スーパーで買った小さなおいなりさんをお供えして、手を合わせました。

 あの時私たちの指に乗っていた神様は、本当にこっくりさんだったのでしょうか。
 それとも、最初から、別の神様が来てしまっていたのでしょうか。
 私たちの好奇心は、何を呼び出してしまったのか。今となってはもう分かりません。

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