リアル・ヒッチコック

私は動物はなべて大好きだが、
いまだ持ってトラウマになるくらい嫌いなものがる。
それは鶏だ。

子供のころから学生時代まで、私は中部地方のある大きな神社の近くに住んでいたのだが、ここがまた野生の鶏がやたらに多い。
しかも気性が荒いのがやたらに多いときているから始末が悪い。

小学生のころ、いやいやながら飼育係をやらされており、
鶏の扱いには慣れていたつもりでも、この神社の鶏花見のものじゃない。

猫だろうが犬だろうが、挙句人間だろうが何でも飛び掛かって攻撃する始末の悪さ。
苦情を言っても神社の境内で折衝するわけにもいかない、
ってことで体よく追い返されるのがオチ。

時は流れて、私が家庭の事情で浪人生活を置くていた時だ。
希望進路を断たれて私の生活は荒れていた。
わずかな軍資金を持ち、まだ手打ちの台が残っているようなさえないパチンコ屋で半日ぐらい粘ると、悪くとも数千円にはなった。

これを元手に安い飲み屋や、当時できたばかりのディスコが飲み放題なのに目をつけ、毎晩飲んだくれていた。

今は不思議なことに一滴も飲めないが、
あの頃にアルコールは飲み切ったんだろうな。

そんな生活が続いていた時、深夜にご帰還。
普段なら絶対通る気がしないその神社の境内を通っちまったんだな、それが。
ふらりフラリと慶大を通り抜けると、頭の中疑問符だらけ。

いくら深夜、うっそうとした森の中の道とはいえ、
異様に空が暗い、というか黒い。

しかも何か妙に空気がざわついている。
酔っ払いの本性というか、危険を本能的に察知しては走り出した、
これが結果的に良くなかった。
ケーともギャーともつかぬものすごい鳥の叫び声が、
耳をつんざくほどの音量で聞こえてくる。

咄嗟に上空を見た。固まった。
数百、千に近い数の鶏が皆、樹上から私を狙っている。

次の瞬間、反射的に走り出してしまった。

こうなると収拾がつかない。
ボスと思しき鳥の鳴き声とともに、膨大な数の鶏が頭上から落下してきたのだ。
頭といわず顔といわず、手足、そして服まで食いちぎられつつ彼まくる。
中にはつめをたててくるやつもいて瞬時に流血の大惨事となった。

本当にヒッチコック映画の鳥、の主人公になったようだった。
時間にしたら数十分のことだったのかもしれないが、
恐怖と痛みだけで数時間は過ぎたような気がしていた。

気が付いたら私は歩道橋の上で倒れていた。
もちろん血だらけ傷だらけ。
家まで急げば5分の距離の場所だったが、その間がやけに長く感じた。
知らないうちに、鶏の大群は何事もなかったように消えていた。

家に帰りつくと親父は茫然、
半分ボケがきていた爺さんが妙にまともなこと言った。
「今日はカシワの引きずりを食うぞ」と。

引きずりとは、東海地方の方言ですき焼きのこと。
どうやら鳥に襲われてことをさっしていたらしい。
しかしいったい、あれは何をしたかったのか?
いくら傷だらけでも医者に見せるわけにもいかず、適当に赤チン塗りたくって消毒したが、しばらく熱が引かなかった。

今思えば、破傷風とか鳥感染症とかにっからなかったのが不思議。
それから絶対に鶏には触れないが、鶏肉が苦手だったのが意地になって食うようになったのもよくわからない話だ。

朗読: 朗読スル脛擦(すねこすり)

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