狐の悪戯

 三十年近く前、私の姪が生後二か月の乳児の頃のお話です。

 七月の暑くなり始めた頃、家を立て直すことになりました。
 アパートを借りるより安くすむからと、同じ敷地の隅にかなり広いキッチン付きのプレハブ小屋を借りてそこで暮らしていました。
 トイレ、風呂場は別棟にあったので生活に支障はありませんでした。
 ある日の夕方、姪が顔を真っ赤にして泣き始めたのです。
「ちょっと、おむつ見てくれない?」 と、姉に頼まれました。
 私は、姉一家・母と同居していたので、姉の子供たちの面倒を良く見ていました。
 姪はおむつも大丈夫だし、ミルクも飲んだばかりでした。 けれど、泣き止みません。
 エアコンがなかったので、部屋の中が暑いのかと思い抱っこして外に出てあやしますが、無駄でした。
 小一時間の間姪は、大泣きでいましたが、その内泣き疲れて眠ってくれました。
 私は「やっと寝た」とため息をつきながら、プレハブに戻りました。ずっと抱っこしていたので腕がパンパンでした。

 しかし、その「夜泣き」ならぬ「夕泣き」は翌日も、その次の日も起こりました。
 母や姉があやそうが、暑いからかもと思いエアコンを買って来ようが、何をしても泣き止みません。
 田舎で隣家が離れているとはいえ、赤ちゃんの声は響きます。
 良く近所の人に「元気だねぇ」と嫌味交じりの言葉を言われましたがどうにもなりませんでした。

 ある日の事、いつもの様に姪は夕方泣き始め、私は外であやしていました。
 抱っこしながら暮れゆく空を見ていると、不意に姪が泣き止みました。
 あ、泣き止んだと姪を見ると姪は目をキョロキョロと左右に動かしていましたが、とても赤ちゃんの動きではありませんでした。
「何っ」
 私は驚き、思わず姪を落としそうになってしまいました。
 慌てて抱きかかえた姪は、微かな声で私の耳元でこう呟きました。
「タ・ノ・シ・イ・ネ」
(えっ……?)
 その瞬間まで確かに姪を抱いていたはずなのに、今は「何を」抱えているのかと、そう思うと私と密着している汗で湿っている姪の腕が冷たく感じられました。
 その不気味さに一気に悪寒が走り、慌てて家に戻りました。
 家の灯りの下で見ると姪は寝ていて、当たり前ですが姪でした。
 その事をすぐに姉に言いましたが、信じてもらえませんでした。
 まあ、それはそうだろうなと思いました。自分でも信じられなかったのですから。

 その後も姪は決まって、夕方の7時頃になると泣き始めるのでしたが、あの様なことはその画はありませんでした。
 毎日毎日泣くので、困り果てていた私達に、ある人が「そういうのはね。お狐さんが泣かすんだよ。一番近くの稲荷神社にお参りしてごらん」 と教えてくれました。
 家族一同、怪しい話だと思いましたが、ダメ元でやってみようと言う事になりました。
  一番近くの稲荷神社を調べてみると、偶然にも母の実家のすぐ近くにあり、お参りして油揚げを奉納して来ました。
 そうすると本当に不思議なことに、参拝したその日から姪は泣かなくなりました。
 何か分るかとネットで検索してみましたが、特定の時間に泣く赤ちゃんと狐または稲荷神社との繋がりは見つけられませんでした。

 良く言われる「疳の虫」とは少し違うような気もします。
 姉たちは「虫切り」とか「虫封じ」に行ったわけではないのです。
「お狐さんが泣かす」は良く言う「狐に憑かれる」に近い気がします。

 今も夏の夕暮れになると、姪の泣き声、蝉や虫の鳴き声と共にあの「タ・ノ・シ・イ・ネ」と呟いた姪ではない誰かの声を思い出してしまいます。

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