松並木

今から35年くらい前の話である。

東北の太平洋に面した海岸沿いに「松並木」と言われた場所があった。
具体的な地名は伏せるが、空港からしばらく南下した所とだけ言っておこう。
「あった」と書いたのは、例の震災以後その場所も復興されて今は昔の面影が全く無くなっているようだからだ。  
この松並木と言われる場所は、かつては海水浴場で賑わっていたらしく海岸に面して幾つかのコテージの様な宿泊施設が建ち並んでいた。  
道路から直接海水浴場が見えないように海岸線に沿って砂浜と道路の間を挟むように松並木が立ち並んでいた。
松並木自体が森のような様相を呈していて、昼間でも少し薄暗い感じの場所だった。  
当時、この場所は地元で「松並木」と言えば誰もが知っている心霊スポットだった。
おおもとの原因は不明だが昔から幽霊話が絶えなかったところに、
前述のコテージが、ある時火災に見舞われ宿泊客らが大勢亡くなった事が直接の理由らしい。
その後コテージは黒焦げになった無残な姿の廃墟となり、火災事故の後は以前にも増して不可解な霊現象のうわさも広まり、
とうとう海水浴に来る客もいなくなってしまったと言う。
舗装された道路から砂浜までの道は舗装路ではなく、松の木の間を車がやっとすれ違える程度の道幅であぜ道が続いている。
このあぜ道は、入り口から砂浜までの左右の松の木の幹にずらりと御札(おふだ)や注連縄(しめなわ)が括(くく)りつけてあり、通る者の恐怖心をより一層煽(あお)り立てている。  
こうした心霊スポットは当時の大学生たちにとっては格好の避暑地であり、
かく言う私も昼夜を問わず仲間たちとつるんでは遊びに行き恐怖を満喫していたのだ。
友人の中には彼女と二人で夜中にドライブに行き砂浜で海を見ていた時に、
「巨大なマンモスの幽霊を見た‼」と言う奴がいて周囲に失笑されていたが、本人はいたって真剣であった。 
そのほかにも様々な奇怪な体験談の報告があり、真夏のくそ暑い日でもそこへ行った帰りは体が芯から冷えて震えながら帰って来た覚えがある。  

友人から聴いた話なのだが、夏真っ盛りの猛暑が続いて夏バテ気味になっていた頃に、寝苦しさのあまり仲間四人で真夜中に松並木に行ったそうである。  
四人は大学の武道連に所属している連中である。
武道連だけあって礼節を重んじ、普段はきちんとした連中であるが、
周囲からは《人間凶器》と噂されるほどの強さを持った猛者(もさ)たちである。
中でもTは部活の稽古中に、かつてアメリカでストリートファイターをしていた経験のある顧問の先生と組み手をして一撃で倒したと言う逸話があり、化け物並みの強さを誇っていた。  
そんな猛者たち四人ではあるが、あくまで人間が相手であればの話である。
相手が実体のない幽霊となれば話は別だ。  
その晩四人は当然《オカルトモード》で現地へ行ったわけだ。

「オオーー! やっぱ夜来ると一段と怖ぇなぁ~。鳥肌立って来たぜ。」
入り口付近で御札を見ながら早速Sが言い出した。
「まだ入り口だぜ、これからじゃねぇか。」
そう言ったYも少し鳥肌が立っているようだ。
四人が乗る車があぜ道を通り、やがて砂浜手前の駐車場に止まった。
「さて行くか、これからがお楽しみだ。」
そう言うKとTはワクワクしているようだった。  
四人は車を降りて砂浜を海に向かって歩き出した。
しばし海辺を散策しながら、何か出ないか、怪奇現象は起こらないか、などと、びくつきながらもワクワクして心霊スポットを満喫していた。
しばらく散策しているとTが言い出した。
「廃墟の方へ行ってみようぜ。なんか出るかもよ」Tがそう切り出したのだ。
Tはオカルトネタに対しては仲間と一緒に楽しんでいるものの、信じているわけではない。
どちらかと言えば科学的な思考の強い人間で、こうした場所でも冷静沈着に周囲を観察するタイプだ。 
するとすかさずYが答える。
「いくら何でもあそこはヤバいって、怖いもの見たさで行くところじゃねぇよ」
Yは霊感と言うほどではないが、何かを感じる程度のものはあるようだ。
こうした場所では、時折見よう見まねで覚えた九字を切ったりする事がある。
「そうだ、あそこはやめといた方がいいんじゃねぇの。さすがにヤバいだろ」
SもYに同調してきたが、面白がっていたKが口をはさんできた。
「お前ら怖気(おじけ)づいたのか? 何なら俺とTだけで行ってくるぜ、Tの車で待ってるか??」
Kがニヤついた顔で二人をけしかけた。
すると二人もしぶしぶながら同行することにした。
 
砂浜をしばらく進むと、右手に松並木の中へ入る道が現れる。
その道を少しばかり歩くと問題の廃墟が見えてきた。
恐る恐る(おそるおそる)廃墟を1、2軒進むと突然小さな灯りが見えた。
「何だあの灯りは? 車のテールランプみたいだな??」
Tがそう言うと三人も立ち止まった。四人はびくつきながらも様子を窺(うかが)った。
ぼんやり灯(とも)ったテールランプを見てYとSは完全に幽霊車両だと思い込んだらしい。
TとKは抜き足差し足でゆっくりと歩き出した。それにつられて二人も歩き出す。
車に近づくと四人は木陰に潜んで様子を窺った。
「うわっ、幽霊車両だ‼ やべぇ物見ちまったぜ。」
Yがそう言うとTが即答する。
「違うって、幽霊じゃねえよ。エンジン掛かってるぞ‼ 排気ガスも出てるしテールランプの灯りでナンバーもはっきり読めるぞ」
こんな時でもTは冷徹なまでに現実派だ。
「後部座席に人が乗ってるぞ‼ 白髪頭(しらがあたま)の老夫婦みたいだな」
そう言ってKが面白がって見ていると、Sは流石におかしいと思ったのか、そわそわしながら言い出した。
「ヤバいヤバい、絶対おかしいって。こんな夜中に・・、もう12時過ぎてんだぞ‼ 
老夫婦が心霊スポット巡りなんかする訳ねえぞ‼ 幽霊だって、ヤバいって!」

そうこうしていると、運転席のドアが開いて中年の痩男(やせおとこ)が懐中電灯をもって出てきた。
そして男は周囲を見回しながら更に奥の廃墟へと入って行った。
「うっ、幽霊だ‼」
「バーカ、幽霊なら懐中電灯なんて要らねえだろう。明かりをつけて歩いてく幽霊なんて聞いた事ねえぞ」
「いや、わかんねぇぞ。引き上げた方がいいぞ」
「何だよ、怖気づいたのか??」  
そう言い合っている三人に割って入るようにKが言い出した。
「どっちにしろ何かヤバそうだから引き上げようぜ。さっきからあの年寄り二人全然動いてねえぞ。何か怪しいからそろそろ引き上げようぜ」
Kの言葉にしぶしぶTも了承して四人は引き上げることにした。
砂浜までゆっくりと後ずさりしながら戻り、砂浜に出るとダッシュで車に駆け戻った。

車に戻りエンジンをかけると大急ぎで舗装路まで進み帰路に就いた。
この晩は熱帯夜であるにもかかわらず、寒気で震えていた。
ようやく大通りにでたので四人は堰を切ったように車中で話始める。
「何だよさっきの車、怖かったぜ。まだ鳥肌立ってるぜ」
「俺もだ、ビックリしたなぁ~~」
「絶対おかしいって、夜中に老夫婦を連れて心霊スポット巡りする奴なんていねぇ~よ」
「あの年寄り、動いてなかったぜ」
「いや、どうせ寝てただけだって」
「絶対幽霊だって」  
四人はしばし車中でこんな会話をして興奮していた。
幽霊であろうとなかろうと、この晩四人は「松並木」と言う心霊スポットを十分満喫してアパートに戻って行ったのである。  

その晩から数日がったった朝の事である。
Tがいつものように登校前に朝刊をよんでいると、とんでもない記事が目に入った。
【松並木の廃墟で高齢者二人の遺体が発見される‼】 という記事だった。
遺体は死後2、3日経ったもので首を絞められた跡があり、殺人事件として警察が捜査を進めていると言うものだった。  
これを読んだTは驚き、血の気が引いた。
登校すると早速三人を集め話を始めたのである。
「おい、大変だぞ! 新聞見たか??」
Tが三人に話しかけると、
「見たよ、ビックリしたぜ。このあいだの松並木だろ!?」
「俺見てねぇよ、何だよ!」
「俺も見てねぇよ」  
そう答える三人にTが説明を始めた。
「この前松並木で見た車あるだろ、あれ幽霊じゃなかったんだ。殺人犯が死体遺棄をする現場を目撃しちまったんだ!!!」  
Tが新聞で読んだことの詳細を丁寧に説明した。
「今、警察が捜査してるって。いずれ俺たちの所にも来るかもしれないぜ。あの日の足跡も俺の車のタイヤの後とかも調べるだろう」
「何でだよ、俺達関係ねえだろ!」
「無関係でも調べには来るんじゃねぇ?」
「関係者として疑われるんじゃねえの??」
「どうする?」
「どうするって?、どうしようもねぇだろ!」  
四人はしばし対応策を話し合っていたが、Tが半ば強引に結論を決めた。
「どっちにしろ調べに来るだろうし、下手すりゃ疑われるかもしれないぜ。
だったらこっちから警察に出向いて状況を説明した方がいい。四人で警察に行こうぜ!」  
結局、四人は警察に出向き目撃者として状況を説明することにしたのである。

警察に行き事件について伝えるとすぐに事情聴取を受けることになった。
事が事だけに、根掘り葉掘り事細かに質問された。  
何時頃か、何のために、何しに行ったのか、なぜ四人で行くことになったのか等々、
まるで容疑者の取り調べの様にしつこく詳細に聴かれ、初めての経験だった彼らは少々びくつきながらも興奮気味に答えて行ったのである。  
事情聴取も終わり、目撃者として住所や連絡先等を伝えて警察署を後にした。

その後、捜査が進みほどなくして犯人が逮捕され事件は解決したが、
あの晩Tが「テールランプの灯りでナンバーもはっきり読めるぞ」と言って見ていた車のナンバープレート。
彼がナンバーを覚えていたことが決め手となり犯人逮捕に至ったそうである。
その後四人は警察から感謝状の様なものを送られ、
「大学生四人のお手柄!」として新聞に小さな記事が載ったのである。  
やがて四人は大学を卒業し社会人となってそれぞれの道に進んだが、Tは何と地元の警察官になったのであった。  

数年が経ち四人が久しぶりに顔を合わせて飲み会をすることになった。
その時に、【松並木事件】の話題が出て三人がTに尋ねたのだが・・・。
「あの犯人て、その後どうなったんだよ?」
「そうだ、俺も知りたい、教えろよ!」  
そうせっつく三人にTは、
「すっかり忘れてたので俺も知らない。それに事件については守秘義務もあるし、知ってても話せないこともあるしな。
勝手に調べる訳にもいかないんだよ!」  
そう答えたTではあったが、当然忘れるはずもない。
実はこの事件のその後について調べていたのだ。  

犯人の男は老夫婦の一人息子で、高校を卒業してから職を転々として最後はついに仕事も辞めてギャンブルにはまっていたと言う。
親の年金をあてにして小遣いをせびり、働きもせずにギャンブルにのめり込み、次第に借金も増えて行った。  
そんな折、息子の行く末を案じた父親が息子を叱りつけ説教をした。
すると息子は逆切れして父親を激しく殴り倒してから首を絞めて殺してしまった。  
そこへ、運悪く買物から帰って来た母親が見てしまい、息を飲んで立ち尽くして固まってしまっていた。  
常軌を逸していた息子は、見られてしまって「まずい!」と感じ、母親も押し倒して首を絞めて殺してしまったのである。
犯人の男の実(じつ)に身勝手な殺人で、二人も殺しておいてその死体を遺棄すると言う残忍極まりない犯行であり、
その上公判中(こうはんちゅう)も犯人は反省の態度すら見せなかったと言う。
このため情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地はなく、死刑判決が下されて拘置所に収容された。  
死刑の執行については法務大臣の執行命令が必要となる。
法務大臣になった政治家は死刑の執行命令を出すのを嫌がるものだ。
当然、執行されるまでの間は拘置所に収容され続けることになる。
この犯人も拘置所に収容されていたのだが、死刑の執行を待たずに拘置所内の医療機関で病死したことになっている。
診断書には心筋梗塞と書かれていたが、本当の死亡原因は伏せられていた。

男の身に異変が起き始めたのは、拘置所に収容されて3か月を過ぎた頃だった。
初めは夜中にうなされるような事があり刑務官が確認に来る程度の事だったのだが、
次第に男の異変は激しくなり、夜中に大声を上げたり発狂して暴れたりするようになった。
寝不足のためか目の周りはクマが出来き、何かに怯える様に部屋の隅で震えていることもあったと言う。
食事もろくに取らず、元々痩身(そうしん)だったが更に痩せこけて次第に衰弱していった。  
この事態を重く見た拘置所では、所内の医務部病院に移送することにした。
病院とは言え拘置所である。
数台の監視カメラが設置されていて24時間監視されている。  
点滴と鎮静剤などの処置を取られベッドに寝かされていたが、
薬が切れると暴れだしたりしたために医療行為として手足を拘束されることとなった。  

それから数日が経った頃のある朝の事、看護師が異常に気付き行ってみると男は死んでいた。
医師と刑務官数人が駆け付け調べてみると、男の首には四つの手形がはっきりとついており、
何者かに首を絞められて窒息死したことは明白だった。
一応、医療従事者に事情聴取を行ったが、鑑識の調べでは何より手形がまるで違う。
あたかも骸骨が絞めたような手形だったと言う。  
そして、確認のため監視カメラのビデオ映像を見ると捜査関係者全員が絶句した。  

夜中の2時半を回ったころだ。
手足を拘束された男の両脇に突如白い靄(もや)が現れた。
次第に人の形になって行き、やがてはっきりと殺された両親の姿が現れた。  
かすかに音声が聴きとれたのだが、何やら二人が男に話しかけている。
「お前を甘やかしてこんな人間に育ててしまったのは、わしらが悪かったんじゃ。すまない、許してくれ」
「私も同じだよ、お前が小さかった頃は体が弱かったのでついつい甘やかしてしまったね。 ゴメンね」
「今夜は、わしら二人でお前の犯した罪を償ってあげるから、おとなしくするんだぞ!」  
そう言って二人が骸骨の様な細い指に精一杯力を込めて男の首を絞めた。  
首を絞められた男は、両目を見開き口を大きく開けて、もがき苦しんだが声を出せず、ほどなくして息絶えた。  

こうした変死を発表する訳にもいかず、表向きは[心筋梗塞による病死]とされたが、
真実は我が子を想う両親の霊が息子の犯した罪を償わせに来たと言うことであった。
決して、殺された両親が復讐しに来たのでは無いことが二人の会話からうかがい知ることが出来るだろう。  

[心霊スポット巡り] 若い頃ならだれでも1度や2度はやった事があるだろう。
私も若い頃は何度となくあちこちに出かけて行ったことがある。
こういう人たちに注意を促す資格など無いが、
こうした場所は時としてあらぬ方向に向かっておかしな事に巻き込まれることもあるので、十分に気を付けて頂きたいものである。                            終わり

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