もう平気だということ

 私が20代の頃に体験した不思議な出来事をお話しさせていただきます。

 当時、学校を卒業し、就職と同時に実家を離れて一人暮らしをはじめていました。
 仕事も私生活も特に何事もなく順調に過ごせていたと思います。
 でも、社会人になって6年目の年におかしなことを体験するようになりました。

 私には霊感というものはありませんが、始まりは、誰かが後ろに立っているような感覚や、誰かに呼ばれた気がして振り返っても誰もいないといったような多くの人が一度か二度は経験するような事からでした。
 それからも度々そういった事に遭い続け、激しい時には、普通に部屋で横になってテレビを見ていただけなのに、 誰かに肩を掴まれゴロンと身体を倒されたりとか、テーブルの上のグラスを取ろうと手を伸ばした瞬間にグラスが「パキッ」と、いう音と共に、いきなり真っ二つにきれいに割れたりとすることがありました。
 その時は同僚が家に遊びに来ていて「この家、なにかいるんじゃないの……?」と、言って帰って行きました。
 私は先にも述べましたが、霊感といったものはないのを自覚していたし、全くそういった類に疎かったためか、そういった体験をし続けていても「なんか変だな?」位にしか考えていませんでした。

 しかし、ある日を境に、身の回りに起こる不思議現象が今度は私自身の身体にといいますか、精神的な部分にまで起こるようになりました。
 例えば、普段通りにJRに乗って通勤してたのですが、何を思ったのか、会社の最寄駅で降りずにそのまま終点まで行き、一日中知らない街をブラブラしての無断欠勤。
 営業の仕事をしていたのすが、お得意様に対してあり得ない態度をとったり、一日中デスクに座って何もしないという日もあったりと、おかしな行動をとるようになりました。
 自分がなにをやっているかという自覚はあるのですが、なんていうか大した出来事じゃないと思いこんでいるといいますか、他人事のような感覚でした。
 そんなことばかりが続くものですから心配してくれる上司から「一度病院にいってみては?」と、言われ、素直に受診。
 結果は「鬱病」との診断でした。
 それからも通院と投薬で経過をみながら生活をしていたのですが、自身の奇妙な行動は激しさをましながらも続くばかり。
 結局、周りに迷惑をかけ続けているのと自分自身が怖くなり、会社を辞めて実家に戻ることにしました。
 実家に戻ってからも不思議な出来事や奇妙な行動は続き、それでも「鬱病ってこわいな……」と、漠然と思っていただけでした。

 そんな日々を送っていたある日のこと、両親から話があると言われ驚く真実を知ることになりました。
「お前が幼いころな、実は憑りつかれていたことがあったんだよ。お狐様と、自殺した女性……だったかな……に」と、唐突に言われました。
 私は何を言われているのかさっぱりわからずでしたが「は? なにそれ?」と、言っただけで、あとは黙って話の続きを聞くことにしました。
「夜中にな、いきなり起き上がって家の中を走り回ったり、知らない声で『すみません。すみません。許してください。』って言って、土下座して謝ったあと、 自分の首を絞めていたりとかな、そんな事がよくあったんだよ。だから、ばあさん(私の祖母)が、霊媒師さんのとこにお前を連れて行って祓ってもらったことがあるんだよ。でな、 今も、そんな風になっているんじゃないかと思う。
だから一度、みてもらえよ」と。
 私は「え、そんなことあったの? 全然知らないし、今もそんなことになってるの?夜中に?」と、聞き返しました。が、両親は「いや、その……ん~」と、口ごもったままでした。
 その様子を観て、なんとなく察することができた私は、親が調べてくれたそういった『類』のものをみてくれる場所に行くことにしました。
 翌日、電話で事情を話し、予約を入れ、数日後にみてもらうことになりました。

 予約した日。バスを乗り継ぎ、あとは徒歩で行ったその場所は、普通の民家で看板もなく、ほんとにここだろうか? と、怪しむくらいの場所でした。
 でも表札にかかれた名前が電話で話した相手と同じ名前だったので、とりあえず 玄関チャイムを押してみました。
 するとこれまた普通の中年の男性がが出てきて「はい。あ、〇〇さんですか? どうぞ中に」と、家の中にあげていただき、座敷に案内してくれました。
 座敷にはまたまた普通の中年の女性がコタツに入って座っているだけで、「大丈夫なのか……?」と、少し不安を感じていました。
 とりあえず「こんにちは」と、挨拶すると、その女性から「あ、あなたそんなんじゃ効かないよ。そのカバンの中のお守り。そんなんじゃ効かないよ」と、いきなり言われました。
 たしかにカバンの中には実家に帰ってから気休めにと思い、近くの神社で買ったお守りを入れていました。
「え、わかるんだ……この人」と、心の中で思いました。
 女性は「そう、わかるの。」と、一言。ゾクッとしました。
「頭の中? 心の中を読んだ……?」と。
 私はそのまま黙っていると「こっちに来て後ろを向いて座って」と言われ、言われるがまま近くに寄って後ろを向いて座ろうとしました。
 その時、その女性の身体に怪我や痣、包帯で巻いてある箇所などが沢山あることに気づきました。
 後ろを向いて座ったあと、「この身体、なにかと格闘でもしたの?」と、思っていると、「あ~気にしないで」と一言。またまたゾクゾクッとしました。
 女性は私の背中に指を当てて何かをつぶやきながら文字を書くように指を動かし始めました。
 しばらくそれが続き、最後に「エイッ!」と大きな声を放ちました。
「はい。終わり。あなたすごい数の人を連れていたね。入ってきたときその中の何人かがすごい目で私を睨んできてたよ。あなたは自覚ないようだけど、すごく霊と波長があう体質でね、すぐ連れてくるのよ」と。
 私は「そうなんですか……もう大丈夫なんですか?」と、尋ねると、「ん~戻ってくる人もいるかもしれないね。明日またこの時間に来てくれる? 私がお札作っておくから」とだけ。
 私も「はい。わかりました。ありがとうございます」とだけ言って帰りました。
 すごく短くあっけない時間でしたが、心なしかなんだかスッキリした感覚であったのは間違いなかったです。

 言われた通り次の日にまたお伺いして約束してくれてたお札をいただきました。
 お札は沢山の難しい文字が書かれていて、それを幾重にも折りたたんだ半紙のようなもので、綺麗にラミネートされていました。
 その時に「これね、今持ってるお守りとは相性が悪いの。だから今持ってるお守りは持っててもいいけど、これと近づけないでね。そしてこのお札をね、白い混じりけのない綿の布で作った巾着に入れて、紐もつけて首からさげて いつでも肌身離さずでいてね」と言われました。
 私は改めてお礼を言って帰ろうとしたら「あ、もう一つ。あまり太らないでね、将来重い病気になるよ。じゃ、さようなら」と、付け加えられました。
 家に帰り母親にさっそく話をして巾着を作ってもらい、それから毎日言われた通りにお風呂に入るとき以外はずっと肌身離さずでいました。
 その効果があったようで、みるみるうちに自分でもハッキリ実感できるくらいに活気が沸いてきて、久しく感じてなかった『やる気』みたいなものがでてきました。
 そして数週間後には地元の企業に再就職し、日々、普通の生活が送れていることに感謝しながら暮らして行くことができるようになりました。
 もちろんお札はずっとつけたままでいました。
 やっぱり私の体験した不思議な出来事は「霊の類だったんだろうな」と、考え直していました。

 それから再就職して3年くらい経ったころでしょうか、仕事から帰って風呂に入ろうと服を脱ぎ、最後にお札をと手に取ろうとしたら、無いのです。お札が。
「あれ? 服と一緒に取ってしまったかな?」と思い、脱いだ上着全部を調べましたが出てきません。慌てました。
「えっ、なんで?」
 ズボンも脱いで調べましたがありません。
「どこかに落とした?」
 でも、首から外れたとしてもその名の通り肌に一番近いとこに下げていたから、外れて落ちたとしても肌着と私の体の間にあるはず。
 万が一外に落としていたとしても、四六時中お札の位置を確認するのが癖になっていて、いつもギュって手で握って確かめていたので無いのがわかるとすぐに辺りを探していたはず。
 実際、家に帰る直前まで手で確認していたし……。
 焦りながらも、どうしたものかとその場で呆然としばらく立ちすくんでいたのですが、ふと頭の中でこんなことが思い浮かびました。
「あ、もう大丈夫なんだ。そうか、もう平気なんだ。だからお守りは自然と消えて しまったんだ。あ~、もう平気ということなんだろう。そういうことか」と。
 それはそう自分に言い聞かせて、そう思い込もうとしてるというより、「お札とはそういうものなんだ」と、冷静に感じとれる思いでした。
 そう納得してから私は「ありがとうございました。本当にお世話になりました」と、声に出して感謝を伝えました。

 それから現在に至るまで、私はもう不思議な体験はしなくなりました。
 でも、ただ、申し訳ないことが一つありまして。
 あの時に付け加えられた「あまり太らないでね。重い病気になるよ。」の言葉。
 約束はしていないまでもせっかく忠告してくれたのに、私はそれをすっかり忘れて、暴飲暴食。
 あれから30年程経った現在の体重は、あの時から30キロも増えてしまい、いま、糖尿病を患っています。
 違う形でまた通院と投薬、食事制限で生活している日々です。
「申し訳ないです。ごめんなさい」

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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