鬼剣舞

職場の同僚のK子さん一家は、息子さんが中学1年の夏休みに、ご主人の転勤で、他県から岩手県K市に引っ越してきた。
これは、転校間もない息子さんの体験談である。

新しい中学校では、2学期が始まってすぐ運動会があり、そのプログラムの一つに
『鬼剣舞(おにけんばい)』 という踊りがあった。
この地域に古くから伝わる踊りで、夏祭りでは、沢山の団体が参加して鬼剣舞を披露し、街中、鬼の面を付けた踊り手達でいっぱいになった。
そして、この地域の全ての小・中学校では、運動会で必ず踊るのだという。
青・赤・白・黒・黄の五色の鬼の面を付け、笛や太鼓のお囃子に合わせ、剣をかざして踊る。
怨霊などの魂を鎮め、災いなどを防ぐための念仏踊りである。

K子さんの息子さんは、一週間で鬼剣舞を覚えなければならず、必死に練習した。
さらに、装備品の着物に袴、鬼の面、腰用のゴザ、刀等、全部揃えるとかなりの金額になったが、学校側でも代々の卒業生達が残していった物を貸出していた。
それで着物と袴は、急ぎ購入したが、残りの装備品は学校からお借りしたそうだ。

運動会の全体練習で、全てを装備して鬼剣舞を踊っていた時、息子さんは、顔に違和感を覚えたそうだ。
薄っぺらい鬼の面なのに、妙に重い。9月初めの候、きっと暑さのせいで、頭がぼーっとしていたのだと思ったそうだ。
鬼の面は、1年の1学期の美術の時間に、自分の顔の型を取り紙粘土で作る。
それを時間を掛けて乾かして着色し、自分だけの面を作るのだそうだ。
息子さんは、転校生で面が無かったので、仕方なく学校からお借りした。
それは、卒業生が作ったもので、赤色の鬼の面だったという。

運動会当日、プログラムは進み、全校生徒による鬼剣舞の披露となった。
息子さんも集合場所に整列して、鬼の面を付けた。
その途端、強烈な吐き気に襲われ、急ぎ下駄箱脇のトイレに土足のまま駆け込んだそうだ。
何回か嘔吐し、水道の所まで来たことは覚えていたが、その後の記憶は全く無かったという。
息子さんは、校舎の屋上に出る扉の前で倒れていたところを、捜索していた男性教諭によって発見された。
先生に声を掛けられて、意識を取り戻した息子さんだったが、半ば放心状態だったという。
その先生は、落ちていた息子さんの鬼の面を拾い、裏側を見て、とても驚いた表情をしたという。
そこには、確か、その面の元の持ち主の名前が書いてあったそうだ。
いくら聞いても、先生は、何も教えてはくれなかったという。

K子さんは、その面の持ち主がどうなったのか、鬼剣舞を見るたびに、今でも気になっているとのことだった。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ
朗読: かすみみたまの現世幻談チャンネル


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