これは、私がとあるリゾートのホテルでスタッフとして仕事をしていた時の事です。
元々そのリゾート自体、いろいろな場所で「出る」という噂がスタッフ間で立っていたため、ホテルも例外ではありませんでした。
誰もいない地下ホールで男性スタッフが彷徨っている、とか、バーのカラオケルームに女がいる、とか。
もう少し色々聞いていたのですが、あまり書いてしまうと場所がバレてしまう可能性があるのでこの辺で。
その日は、ホテルの地下ホールでの大きなイベント営業が終わり、後片付けをしていました。
私はまだ新人だったこともあり、地下の細かな片付けを大量に任されて、あっちへ行き、こっちへ行きで休みなく走り回っていました。
その場所には時計がなく正確な時間はわかりませんが、イベント営業が終わったのが午後9時だったことと、片付けが多くてかなり時間がかかっていたこともあったことからおおよそ10時は過ぎていたのかな、とは思います。
細かな仕事を終えた私は、最後の方付けとして残っていた、バイキングでよく見るアイスの大きなボックスの掃除を始めました。
あれって、氷が溶けると内部がめちゃくちゃにびしょびしょになるのに、排水機能がついていなくて、水を雑巾で吸ってはバケツに捨て、吸ってはバケツに捨てを繰り返さないと中から水を空にすることができないんです。
あとは乾くのを待つしかありません。
私は根気強く雑巾で吸っては捨てを繰り返していました。
何分、何十分経ったのでしょうか。
ある程度水が少なくなってきて 「ようやく終わる、帰れるかも」 と思った時でした。
カツ、カツ。
後ろからヒールの音がします。
このホテルの女性スタッフはみんなヒールのあるパンプスを履くことが決まりになっているので、女性スタッフの誰かが来たのだと思いました。
「Aさん、お疲れ様です!」
私は後ろを振りむかずに、挨拶をしました。
Aさんというのは、私が入社するとほぼ同時期に入ってきた女性のスタッフです。
私はAさんがきたのだと思い、声をかけましたが、返事はありません。
「あの、Aさん?」
そう問いかけると、ヒールのカツカツという音が突然早くなり、私のすぐ後ろで止まりました。
この時、「どうしよう、これはAさんじゃない。誰だろう、怖い!」 そう思い、体が全く動かなくなりました。
逃げようにも、私の前にはアイスのボックス、横に廊下はあるものの、男性のスタッフが出るというホールへ出てしまう廊下でもあるため逃げ道がありません。
呼吸が早くなり、涙が出そうで、頭の中でありったけのお経を唱えました。
すると、突然私の肩が叩かれたのです。
「ぎゃっ!!!」 と、変な声を出すと、後ろにいたのはAさんでした。
Aさんは驚いた私に驚いていました。私は誰かが来てくれた安堵感で地面にへたり込んで 「よかった、Aさんだ……!!」 と言うとAさんは、
「遅くまでお疲れ様、地下から中々帰ってこないから心配で迎えに来たんだよ。もうそろそろ深夜に入るし帰ろう?」
そう言ってくれて、私とAさんは地下ホールを後にして帰宅しました。
それから数日、休憩中にスタッフの先輩たちが怖い話で盛り上がっている中、私にも話が振られたため、この話をしました。
ちなみに、この日はAさんは休みでした。
「すっごく怖かったんです、でもAさんが迎えに来てくれたから何とか帰れました」
すると、周りの空気が妙な感じになったのがわかりました。
何かまずいこと言ったかな? と思ったとき、先輩の1人が言いました。
「悪いんだけどさ、そのイベント営業の日ってAさんは出勤していたけど、時間帯はあんたとは全く違うからその時間まで残っているのはありえないんだよね」
このホテルの運営上、早番と遅番があって、その日Aさんは私とすれ違う形で退勤をしているというのです。
確かに、その時の営業を思い出してみると、どこにもAさんなんていなかったんです。
「あんた、誰と帰ったの?」
この後私は様々な理由によりホテルを辞めてしまったのですが、今でもそのホテルは健在です。
あの時、一緒に帰ったAさんは誰だったのでしょうか。