花火

 私は怖い話は大好きですが、基本的に幽霊の類は信じていません。
 理由は、ゼロ感オブゼロ感のせいか見たことがないからです。
 見たことがないものを信じろと言われても、そんなのはどうか?と思いますし、大概が錯覚か何かだろうと片付けてしまいますから。

 しかし、そんな私でもたった一度だけ不思議なものを見たことがあります。  
 あれは私が中学生の頃でしたから、かれこれ二十年近く前の話になります。  
 当時の中学校の行事に集団宿泊学習というものがありました。有名な古戦場のある地域での臨海学校でした。
 毎年行われているものですし、人里離れた場所で行われるものですから、お約束と言いますかその施設は”出る”とまことしやかに噂されていました。
 施設はいくつかの建物に分かれており、私達がその時利用していた新館の他に誰も使っていない旧館がありました。
 その旧館が”出る”と噂の場所でした。
 古びたベッドが無機質な明かりに照らされている様は確かに不気味であり、まあ出てもおかしくはないか、というのが当時の私の感想です。
 そんなものでしたから、その場所を通る時は皆びくびくしており、私もあまり一人で通りたいとは思いませんでした。

 そんな宿泊学習で事件が起こったのは、最終日前日の夜のことです。
 その日はレクリエーションがあり、定番の怪談話やゲームなどをして皆で楽しんだあとでした。
 部屋に帰って友達と休んでいると、突然、ガッシャーンと大きな音がしました。
 驚いて友達と一緒に廊下に飛び出すとガラスが割れており、点々と血の跡が続いています。
 何が起きたか分からずに皆混乱していましたが、どうやら旧館の廊下があまりにも恐ろしかった同級生の一人が、勢い余ってガラスに突っ込んでしまったのだと後から聞かされました。
 そんなことがあったものですから、当然お叱りがあったわけで、私たちは講義室のような場所に呼び集められました。
 そこで学年主任の先生からこんこんとお説教を頂いたわけですが、廊下の血の跡が頭から離れず、少なくとも私はほとんど耳に入りませんでした。
 先生のお説教を聞くともなしに聞いていた時です。私は何ともなしに後ろを振り返りました。
 講義室には私たちの背中側に大きな窓があります。
 夜だったので何も見えず、ただ真っ暗な外の景色が見えるだけだったのですが、その窓にパッと赤い花火が咲いたのです。
(えっ?)
 花火? 何で? こんな時期に? 誰が?
 疑問が頭をよぎりましたが、それ以上後ろを向いていると先生に叱られるので、私は前に向き直りました。

 翌朝起きて講義室の窓を見てみると、窓の向こうの海に面しているところにはちょうど木が邪魔をして、障害物なしに海を見通すことなどできないようになっていました。
 思えば、花火ならば音の一つでもしそうなものですが、張りつめた空気のあの場には、何の音もしていませんでした。
 また9月にもなって花火を上げるのも不自然でしたし、一発だけだったというのもおかしな話です。
 それに、あの光。
 私が花火だと思ったあの光は、花火のようにまっすぐ放射線状に散ってはいませんでした。
 思い返せば、まるで何か生き物のような動きで集まっていたものが散っていった、そんな表現が相応しいものでした。
 それに気づいた瞬間、背すじにぞわりとしたものが走りました。
 その後は特に何もありません。
 件の怪我をした同級生も命に別状はなく、みんな揃って全員無事に中学校を卒業しました。

 以上が唯一体験した不思議な話です。
 別に怖くも何ともなくて申し訳ないのですが、あれは一体何だったのでしょうか?

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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