校庭にいる

 小5の時。
 親の離婚で、母方の祖父母や親戚がいる田舎の学校に転校した。
 東京から来た私は、元々人付き合いが得意な方ではなかったし、田舎の人特有の露骨な視線が苦手で、クラスに馴染めずに孤立していった。

 ある秋の日。 席替えで窓側になった。
 国語の時間だったか、ぼーっと窓の外を眺めていると、校庭の遊具がある広場の辺りに、こちらに背を向けて佇んでいる男性を見つけた。
 白髪混じりの頭部に、アイボリー?クリーム色?のハンチング帽らしい帽子、同系色のベスト、グレーのチノパン。
 なんとなく、釣り好きな祖父を思い出し、釣り人風の格好だな……と思ったのを覚えている。
 用務員さんかな?とも思ったが、微動だにしない様子に若干違和感を感じた。
 当時は今よりも大分緩くて、さらに田舎だったこともあり、校内に近所のお爺さんが入ってきて勝手に花壇に水やりをしていたり……と、地域住人が自由にしていたので、校庭に人がいるだけではさほど驚かなかったが、なんとなく嫌な印象を受ける。
 でも私には気軽に話をできる人もおらず、その違和感を確認したり共有する術がない。
 その場はもう気にしないようにするだけで精一杯だった。
 だが、この日から毎日、校庭のどこかで必ずこの男性を見るようになってしまった。
 止せばいいもの、私の目は自然とおじさんを探していた。
 遊具付近、校庭の端にある桑の木の下、北門の辺り、校庭のど真ん中。 いつも同じ服装、同じ体制。
「生きている人ではない」そう思った。

 こうなってくると、授業にも身が入らない。
 恐怖からくる挙動不審な態度を何度も先生に 注意された。
 その度にクラスメイトたちから冷ややかな視線を向けられ、クスクスという嘲笑が上がる。
 耐えられない……と思い、意を決して担任に相談しようと、放課後、職員室を訪れた。
 担任は、普段大人しい私からの相談にちょっと意外そうな顔をしたが、自分の目の前に簡易椅子を広げて、座るように促してくれた。
 私はそこに腰掛け、何から話そうかと思案していると、鼻をつく異様な臭いがして顔をしかめた。
 例えるなら、洗っていない水槽の臭い、生臭い、魚のような臭い。
  顔を上げて、先生を見る。
 ギュッ…と心臓を掴まれたような感覚がして、全身から冷たい汗が噴き出した。
 不思議そうな、心配そうな顔でこちらを見る先生……の背後、数メートルの位置にあのおじさんがいた。
 いつもの服装、こちらに背を向けて項垂れるようないつもの体制。
 そして、至近距離でおじさんを見て気がついた。
 全身が濡れている。
 所々見える肌は、ブヨブヨにふやけている様だった。
 じわっ……と股の部分に生暖かい液体が広がっていく。
 先生が何やら私に問いかけたりしている様子だったが、私の意識は完全におじさんにしか向いていなかった。
 周りの音は全く聞こえない。 その中で、おじさんから「ぎ、ぎ、ぎ、」という、歯軋りのような音がしてくる。
 ゆっくりと、こちらに向きはじめている。
 おじさんの横顔が、白濁した目玉が……。
 その目玉からうぞうぞと湧き出た1匹のウジが、ぼとりと地面に落ちた。
 そこでブツ……と意識がなくなった。

 目が覚めると、病院のベッドに横になっているようだった。
 頭の中は真っ白で、ぼーっと天井を眺めていた。
 柔らかいオレンジ色の陽光が窓から差し込み、夕刻であることがなんとなくわかる。
「私ちゃん……?」
 母の声だ。 母の一言で、祖母や祖父が顔を覗かせ、安堵の声を漏らした。
 どうやら、あれから3時間ほど経っているようだった。
 総合病院に救急車で運ばれ、検査を受けてから病室に移動した直後だという。
 ようやくしっかりと目が覚めた私は、急に怖くなり、先ほど自分が見たものが近くにいないかどうかを恐る恐る確かめたが、影も形もなくなっていた。
 その様子を見ていた母が、私のベッドに腰掛けて私の肩を抱くと、「何があったの……? 先生に相談があったんでしょ?」と聞いてきた。
 アレを話したところで信じてはもらえないだろうとも思ったが、「全部話して」と促され、疑われること覚悟で全てを話した。

 全てを話終える頃には、イジメなどの校内暴力を危惧していた母や祖父母は、私のあまりにも突拍子のない話に絶句していた。
 それでもなんとか信じようとしてくれているのがわかり、母に「怖かったね」と言われて強く抱かれ、堪えられなくなり大泣きした。
 私は、登校するとまたアレに出くわすのではないかという不安で学校に行けなくなり、以降不登校になった。 小学校卒業までを自宅で勉強して過ごした。

 そこから数年が経過し、高校に上がった頃……。
 あのおじさんの正体について知ることとなる。 高校で初めてできた友人達と、なんとはなしに怖い話をしていた時だ。
 それまでずっと誰にも話すことはなかったあのおじさんの話。
 おそらく長い年月の中で恐怖心が薄らいでいたからだろう。 とっておきの怖い体験として語った。
 すると友人の1人の顔がみるみる青くなり、話終えると「それって〇〇小学校の話じゃない?」と聞いてきた。
 まさにその小学校の話だったので驚いたのだが、学校名を聞いた他の友人たちからも「もしかして!」「聞いたことあるかも……」というような反応が上がる。
「私ちゃんは転校してきたんだもんね。知らなくて当然だわ……」と、話してくれた内容はこうだった。

 当時から20年ほど前、その小学校のプールで遺体が上がったのだという。
  夏に役目を終えたプールは、秋〜翌春まではビニールを張っていたのだが、そのビニールの下に隠れていたのだとか。
 身につけていた衣類や一緒に見つかった鞄の中身から、県外から来た60代男性であることがわかった。
 おかしなことが多くあったものの、警察は事故として処理をし、村の有力者より箝口令が敷かれた為に、大々的に報じられることはなかったのだ、と。
 それを聞き、古い校舎の割に新しめなプールが異様であったことを思い出し、身震いした。
 おそらく祖父母や母は、知っていながらも黙っていたのだろう。 私のトラウマを思い起こさせないために。
 なぜ、私とおじさんのチャンネルが合ってしまったのだろうか。
 おじさんは私に何を伝えたかったのだろうか。
 何もわからないままだ。

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