どんぐり山のトンボ

 これは、千葉県に住む会社員、Mさんの体験談。

 Mさんが子供の頃に住んでいた家の近くに〈どんぐり山〉と呼ばれていた場所があったそうです。
「山といっても高さはなく、小高い丘みたいな感じの場所でした」 と、Mさんは話していました。
〈どんぐり山〉から車道を挟んだ反対側には大きな湿地帯があり、そこには様々な生き物が棲んでおり、子供の頃のMさんとっては格好の遊び場になっていたそうです。
 車道の端。 湿地帯側はガードレールが設けられていたそうですが、〈どんぐり山〉側は私有地だったようで、斜面になっている雑木林を細い丸太と有刺鉄線が囲んでいるだけで、 「今なら保護者から苦情がくるでしょうね」 と、話していました。
 その有刺鉄線には晩夏頃になると、たくさんのトンボが集まってくるのだそうで、夏休みも終わりに近づくとMさんは毎年、トンボを捕るため数人の友達と〈どんぐり山〉へ遊びに行っていたそうです。
 そして、それはMさんが小学5年生だった、ある日の事。

--その日も、Mさんは友達とトンボを捕りに〈どんぐり山〉へと遊びに来ていた。
 有刺鉄線にはいつにも増してトンボがびっしりと止まっていて、Mさんは早速、はしゃぎつつも皆でトンボを捕まえ始めた。
 トンボの顔の前で人差し指をぐるぐると回し、パッと羽を掴む。
 誰が考えたやり方かはわからないが、これが面白いくらいに成功する。
 Mさんもそのやり方でトンボを捕まえようとしていたのだが、不意に、 「うわっ!」 と、悲鳴が聞こえ、何人かの友達が騒ぎ始めた。
 Mさんが慌てて駆け寄ってみると、騒いでいた友達が地面に落ちたトンボを指している。
 そのトンボを見たMさんは息を飲んだ。
 トンボは胸部の辺りから無惨に裂けていた。 残りは有刺鉄線にこびり付いている。
 鉄線に止まっているトンボをよく見てみるMさん達。
「うわ……」
 止まっているのではない。 死骸だった。
 トンボ達は、まるで百舌鳥の速贄のように有刺鉄線の先端に刺され、それが見渡す限りにびっしりと続いていた。
 動物がやったのではない、どう見ても人間の仕業としか思えなかった。

--Mさんは当時を振り返り、 「今でも思い出すと寒気がする」 と、話していました。
 何より、 「自分達がよく遊んでいる場所の近くに、ああいう事をする人間がいる事が怖くて堪らなかった」 と言っていました。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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