ヤドカリ様

 大学の友人のSに聞いた話。

 Sの実家にはヤドカリ様、という神様のような存在がいるようです。
 神様と言っても、神棚があったり祭壇に祀っているわけではなく、庭にちょっと大きい石が置いてあるだけなんだとか。
 Sの実家だけでなく、親戚の家ほとんどに置いてあるそうです。
 石は特別なものではなく、その辺のを拾ってきたり、庭を作るついでに造園屋さんで買ったりと、まあ割と適当だと言っていました。
 面白そうな話に惹かれ、私はSにいろいろと質問をしました。
 その石に関する風習や行事なんかはないのか、Sのアパートにも石はあるのか、石にしてはいけないことや決まり事はないのか、ヤドカリ様が石なの?封印されてるの?と。
 Sは丁寧に 「風習と言えるのは、年一度大晦日の日にヤドカリ様の石を除夜の鐘に合わせて家の中から外に投げることぐらい」
「私の家にはない」
「石の前に女の子が立っちゃいけないって言われてた」
「石はヤドカリ様の目で、別に封印されてるわけじゃないみたい」 と、一つ一つに答えてくれました。
 何でも、ヤドカリ様の近くは女人禁制らしく、触るのはもちろん、石の前に立ったりすることも禁止されていたそうです。
 女人禁制と言っても、Sの実家はそう広くなく、暮らす上で当然石近くを通らなければなりません。
 そのためSの実家の女性、S、Sの姉、母親は全員ショートヘアで過ごしているのだそうです。
 また、家を建てたり土地を買う際には、神社の神主さんではなく、檀家寺の和尚さんをお招きするらしく、いとこが家を新築したときも、祖父がカラオケ喫茶をしようと土地を買った時も、和尚さんに来ていただいて起工式、という仏式の地鎮祭のようなことをした、と言っていました。
 Sの話を聞いて、私はどうにもチグハグな印象を受けました。
 ルールはしっかりあるけれど、祀り方がふんわりしているというか、ある意味雑というか、それに家を守ったりとかそういったメリットが無かったことも気になりました。
 Sもその点気に掛かっていたらしく、親族の年長者に聞いたこともあったようですが、これといってヤドカリ様のはっきりした正体は分からなかったそうです。
 ただ、S祖父の姉は 「昔、結婚の決まっていた一族の娘に悪さをした鬼がいて、その鬼を旅の僧に退治してもらった。その逸話からきている」 と聞いていたらしく、Sはそれ以来民話や伝承に興味を持ち、大学でも民俗系の文化研究を専攻していました。
 Sは卒論にも実家のヤドカリ様を題材に選んでしました。

 それから何ヶ月か経ち、卒論の中間提出直前のことです。
 Sが急に卒論の題材を変えたと報告してきました。
 私にはとても無謀な選択に思えました。
  一体何があったのか聞くと、次のようなことを語り始めました。
「初めはヤドカリ様の掟っていうか、特性から調べ始めたの。 女人禁制とか大晦日の風習とか、多分仏教に関係してると思って。 でも特定の宗派が分かるほどの情報がなかったから、実家の家系図とかを本家で見てきた。 そしたら途中から宗派が変わってる時期があって、ヤドカリ様が発生した時期が何となく特定できた。 それで、その時期に本家のコマっていう女の人がよそから婿取りしてたんだけど、子供を作らずお婿さんが亡くなってた。 その後も2人婿入りがあったみたいだけど、全員子供作る前に亡くなってたんだよね。 多分、この駒って人が鬼に悪さされた一族の娘だと思う」
「そこでまた行き詰まったから、今度はヤドカリって名前の由来から考え直したの。 曽おばあちゃんとか、大叔母さんとかが”やどおかり様”とかって呼んでたの思い出して。 地元の民話に似たのは無かったんだけど、普通にその時代の民俗学の資料で見つかったんだ」
 Sは少し言いづらそうでしたが、続きを促すと話を再開しました。
「うちが宗旨替えした時期、ちょうど高野聖って呼ばれる旅するお坊さんがいた時期に被るんだよね。 お坊さんって言っても半分旅商人みたいなものだったらしいけど。 でね、その僧侶たちの蔑称でヤドウカイっていうのがあったらしい。 宿を貸せって言い回ってたのが変化したのかな。 でも、彼らってよく泊まった先の家人とトラブル起こしてて。 トラブルっていうのが、まあ、家の奥さんや娘さん相手に無理やり事を成すってことがほとんどだったんだけど。 そんな感じだから、厄介者扱いする地域も多かったみたい。 私の地元はそういうのと無縁だったのかな、夜道怪の伝承も無かったし」
「それで、ここからは私の想像なんだけど、うちは泊めちゃったんだと思う。 それでコマさん、娘が襲われたんじゃないかな」
「家系図見たら、コマさんの世代女子だけでコマさん長女だったからさ、お婿さん入れる予定だったんだろうね。 あの時代って、意外とそういう行為に対しておおらかだったから、一回や二回のスキャンダルじゃ結婚の妨げにはならなかったんだよね。 でも、やっぱりお婿さんもらうってなると話が違ったんじゃないかな。 幸い地元じゃ高野聖は有名じゃないし、当人たちが話さなきゃバレない。 だから、高野聖の口を封じたんだと思う」
 つまり、旅の僧が鬼を退治したのではなく、旅の僧が鬼だったということなのでしょう。
 Sは残念そうに 「ヤドカリ様の正体突き止めちゃったら、うちの醜聞もセットでついてくるもん、しょうがないよね」 と言っていました。

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