配達先にて

 これは、仕事で知り合った男性から聞いた話です。
 仮に名前をMさんとしておきます。

 それはMさんが大学生だった頃の出来事。
 当時、Mさんはピザ屋でバイトをしていた。
 できたばかりの店舗で近隣に競合になる所もなかったため、なかなか忙しい店だったそうだ。
 バイトを始めて三ヶ月ほど経ったある日の事。
 いつものように出来上がったピザをデリバリーボックスに入れ、Mさんは配達先へと向かった。
 着いた場所は十二階建てのマンション。 配達先はそのマンションの五階だった。
 エレベーターを使い五階へと上がり、番号を確認していく。
 無事にピザを配達し終わり、Mさんは再びエレベーターへと向かった。
 すると、エレベーターの方向から一人の男が歩いてきた。
 フラフラとおぼつかない足取り、ひょろっとした身体、頬のこけた白い顔。
 まるで病人のような雰囲気だった。 フラフラとこちらへ歩いてくる。
 気味が悪いと思いながらも、Mさんはすれ違い様に軽く会釈をしてエレベーターへと向かった。
 その時、Mさんはある物に気がつき固まってしまった。
 下を見ると点々と続く赤い物が目に入った。 エレベーターから続いている。
 それは、血の跡だった。
 Mさんはさっきの男がケガをしていると思い、 「あの……!」 と、後ろを振り向き男に声をかけ、再び固まってしまった。
 男が立ち止まってMさんを見ている。
 男の手には血まみれの包丁が握られていた。
 ポタポタと、包丁から血が滴り落ちている。
(ヤバい……!) と、Mさんが思うや否や、 「なんだよ……なんだよぉ!?」 と、叫びながら男が近づいてきた。
 弾かれたようにエレベーターへと逃げ込むMさん。
 下に降り、慌ててバイクまで走りエンジンをかける。
 その時、後方からパキンと乾いた金属音がし、目をやるとアスファルトに包丁が転がっていた。
 上を見ると言葉にならない声で叫びながら男が階段を降りてくる。
 Mさんは一目散にマンションから逃げ帰った。

 その後は当然、警察に通報したそうです。
 ただ、男がどうなったかはわからないと話していました。
 やはり、幽霊より人間の方が怖いと思わされる話でした。

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