知らない方言

 小学5年生のとき、同じクラスにF君という男の子がいました。
 当時F君は違う学区から毎日母親の車で登下校していました。
 後に親から聞いた話では、元の学区で友達に暴力を振るって問題を起こし、居づらくなったために母親の職場のある学区に通っていた、と言うことでした。
 F君はやはり少し乱暴で、時折感情のコントロールができなくなることがありました。
 怒ると顔を真っ赤にして泣きながら暴れるのです。
 女子は怖がって近付きませんでしたが、男子の中ではガキ大将的な慕われ方をしていました。
 F君の変な所は他りもありました。
 誰にも自分のランドセルを触らせないことです。
 クラスメイトはもちろん、先生たちが少し移動させようとしただけでも癇癪を起こします。
 面白がってこっそりランドセルを開けた子も何人かいましたが、特に変わったものは見つかりませんでした。

 その年の秋ごろ、顧問の先生が手術をするため、私の所属していた部は一時的に休部になりました。
 休部中は暇だった私は、自然と放課後F君と遊ぶようになりました。
 F君の母親の迎えまで、なぜか二人きりで遊びました。 何でそうなったかは覚えていません。
 何日か遊ぶうちに、F君は私にランドセルの秘密を打ち明けてくれました。
 具体的にはランドセルではなく、ランドセルが置いてあるロッカーの秘密でしたが。
 なんとF君はロッカーの奥、教科書や図工作品の後ろに死んだ蛇を詰めたペットボトルを隠していたのです。
 それも状態が新しいものと、黒く溶けたようになっているものと、二つ。
 どうしてこんなことするのか聞くと 「おまじないだから」 と答えました。
 曰く、F君の実家には蛇が詰められた瓶が神棚に置いてあり、それを真似したのだと説明しました。
 もちろん不気味に思いましたが、同時に暴君な彼の秘密を私だけが知っていることに優越感を覚えました。
 F君は秘密を打ち明けてから大人しくなり、乱暴な言動をしなくなりました。
 しかも妙に懐いて、授業のペアやグループ活動では私と一緒になりたがりました。
 さらには給食でF君の好物を分けてくれたり、面倒な掃除を変わってくれたりと、事あるごとに私の機嫌を取ろうとするのです。
 初めは気分も良かったのですが、そのうち居心地が悪くなり、ある時クラスメートにF君との仲を揶揄われて限界が来ました。
 何も悪く無いはずのF君に無性に腹が立ち、意地悪をしてやりたくなったのです。
 その日、嫌がるF君から無理やり蛇入りのペットボトルを奪うと校庭まで走り、石灰混じりの土をペットボトルに入れて思いっきり振りました。
 追いついたF君は真っ青になって 「どうしよ……どうしよ……」 と呟いていました。
 最低ですが、スッキリした私はそのままF君を置いて家に帰りました。

 その日の夜、学校の連絡網でF君が行方不明になったとの情報が回りました。
 心当たりのある人は警察か学校まで連絡してほしいと。
 私は焦りました。 どう考えてもおまじないを台無しにしたことと関係があるように思えたからです。
 罪悪感から、正直に今日の出来事を言おうとした時です。
 リビングの窓がコン、コンとノックされました。
 父がカーテンを開けてみると、そこにはF君が立っていました。
 驚いて中に招き入れると、F君は笑いながら 「俺行かんといけん。〇〇(私)一緒に来るなら嬉しかっちゃけど」 と言いました。
 聞き返しても答えず、先の言葉を繰り返します。 親が話しかけても同じです。
 ひとまず学校に連絡をすると、すぐにF君の両親と警察がきました。
 F君に事情を聞いていましたが 「約束破ったけん、行かんといけん。〇〇誘いに来たっちゃけど」 と同じことを繰り返します。
 同じ九州弁でしたが地元の方言とは違う話し方でした。
 困惑する大人に、私は今日やってしまったことを話しました。
 F君の両親はF君が蛇の死骸を持ち歩いていたことを知らなかったようで、ショックを受けていました。
 おまじないに関しても、神棚にある蛇の瓶詰めはお酒だし、そもそもそんなおまじないは知らない、と困惑していました。
 とりあえずその日はF君は両親と一緒に帰りました。

 それからしばらくF君は学校を休みましたが、すぐに元気に登校するようになりました。
 元通りすぐ癇癪を起こすし、変にくっ付いてくることもありません。
 ただ、遊んでいるときや班活動のふとしたとき、馴染みのないイントネーションで 「一緒に行かん?」 と聞いてきました。
 まだF君はおかしいままなのかも知れません。
 それから意識的にF君と距離を取り、中学校を卒業して以来連絡は取っていません。
 F君ごめんなさい。

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