これは、職場の同僚の高橋君が体験した話である。
最初におことわりしておくが、彼は決して変人ではない。ごく普通の会社員である。
会社の休憩室で、たまたま隣り合わせた高橋君が、何かの話の流れで、携帯の中の写真を見せてくれた。
それは、彼が友人と二人で、東北地方の太平洋沿岸に旅行した際の写真だという。
海をバックに車を横付けした状態で、助手席ドアの前に高橋君が立ち、こちらに向かってピースしていた。
しかし、よく見ると、彼の隣の後部座席のドアの部分に人の顔のようなものが見てとれた。
男か女かも分からない程度の歪んだような苦しんでいるような人の顔だった。
私が、それを認識して顔を歪めたと同時に、高橋君が、 「これ心霊写真ですよね?写ってますよね?」 と言ってきた。
そして、周りの人達にも見せ始めた。
「うわぁ!」
「怖い!」
「これ本物か?」などと、結構な反応が返ってきた。
それを見て、高橋君も満足したのか、笑みを浮かべていた。
そして、彼とその友人は、県内の心霊スポット巡りを始めてしまった。
友人と休みを合わせて、遠出しながら携帯で写真を撮り、何か写っていないかと確認するのだという。
ただし、日帰りなので、ほぼ昼間の写真なのである。
そして、心霊写真のようなものは、一枚も撮れていないとのこと。
それで私が仕方なく、 「あのさ、心霊スポットって、こっそり夜に行くから怖いんじゃないの?」 と聞くと、高橋君は、 「怖いのは苦手なんで。夜なんて絶対無理!」 とのこと。
私は、内心(じゃあ、心霊スポット巡りなんか止めればいいのに)と思ったが、彼らはどうしてもまた、心霊写真が撮りたいのだという。
高橋君に、 「心霊写真の撮れそうな場所教えて下さいよ」 と言われて、私には意地悪な気持ちが芽生えた。
「じゃあさ、この近くの怖い場所を教えるから、夜に行って写真撮ってみたら。すぐ帰れる所だから」 と言って、その場所を二つ、いわくも含めて教えてあげた。
一つは、会社からもすぐ近くで、住宅地の中の新幹線と東北本線の下にある歩行者と自転車用のトンネルである。
長さ約二十メートル程のトンネルだが、夜間は照明がなく、周りに外灯もない為、ぽっかりとあいたトンネルの入り口が真っ暗闇で、おどろおどろしい雰囲気が最高だった。
ここには、自転車に乗ったおじいさんの幽霊が出るとの噂があったが、それは、トンネルの中を通った時の話であって、夜にこのトンネルを通る人は、殆ど皆無だった。
もう一つは、市の東の外れにある◯◯山である。
山の中腹にある駐車場で、以前、焼身自殺をした男性がいて、苦しみのあまり、火だるまのまま、下まで転がり落ちたという事件があり、夜になると、時々、真っ暗な山の斜面を火だるまがかけ落ちることがあるとのこと。
夜じゃないと駄目だからねと念を押して、私は、結果報告を待つことにした。
少し怖い思いをした方がいいという意地悪な気持ちもあった。
ところがである。数日後、なんと彼らは、 「怖すぎて、最高だった。凄い良かった。でも写真は、暗過ぎて、無理だった」 とのこと。
ビビらせるつもりが、楽しませてしまったようで、私は少しがっかりだった。
それで、私の怖い体験談から、とっておきの場所を教えることにした。
高橋君もかなり乗り気で、私の指し示した住宅地図の場所を写真に撮り、とても嬉しそうであった。
そこは、以前、私が住んでいたアパートの同じ敷地内にある一軒家の廃屋で、間違いなく人の住んでいない廃屋だった。
昭和の時代のよくある平屋で、サッシではなく、木枠の窓が沢山あるが、その曇りガラスは、ところどころ割れて穴あいた状態だった。
しかし、それぞれにカーテンがしてあって、中は見えない。
カーテンにも雨が染み込んだのか、茶色の染みがあって、恐らくもう何十年も放置されていたのではないかと思われた。
道路に面している北側は、外壁がねずみ色のトタン板で覆われており、窓の部分だけ、切り抜かれていた。
波打ったトタン板が所々腐食し、浮いた感じでめくれていて、こげ茶色のサビによる穴あきが酷かった。
この廃屋の斜め前にワンルームマンション、更に隣りに、私の住んでいた2DKのアパートと続いて、道路側はそれぞれの駐車場となっていた。
だから、私のアパートからだと、廃屋は見えるが、廃屋の庭先までは、マンションに隠れて全く見えない。
そもそも廃屋の前面も川の土手沿いの為、急斜面に草が生い茂り、入ることが出来ない状態だった。
昨年のこと。
春一番とでもいうような強風が吹き荒れ、恐れおののいていると、夜中に突然、 (メリメリメリッ) という嫌な音が鳴り響いて、私は、慌てて外に出た。
すると、数人の人が道路に出ていて、皆、廃屋を見ていた。
私も近寄って見ると、街灯の灯りだけでも確認出来たが、廃屋のトタン板が風にあおられ、剥がれた所で、壁も抜け落ち、中がまる見えだった。
そこは、トイレというか昔ながらの汲み取り式の便所だった。
このままではトタン板が全部剥がれそうだったので、その場にいた人達で、取り敢えず、廃材と自転車と重し等で固定し、応急処置をして、それぞれ家へと戻った。
そして、私は、改めて嫌な情景を思い出していた。
それは、めくれたトタン板の所から便所が見えて、その先の扉も開いて、そこに人影があったのだ。
廃屋なので、誰もいないはずなのに、暗闇の中におじいさんがいた。
痩せて頬もこけた骸骨みたいなおじいさんが、心配そうにこちらを見ていた。
(きっと見間違いだろう) と、私は自分に言い聞かせて、忘れることにした。
その後、廃屋とは全く関係なく、私の部屋の雨漏りが酷くて、やむなく他のアパートに引越したので、本当に、廃屋のことは忘れてしまっていた。
ところが、高橋君のせいで、記憶がよみがえり、 (そういえば、怖かったな) と思い出し、とっておきの場所として、ご案内させて頂くこととなった。
私は、 「川沿いだけど、普通の住宅地だからね。絶対騒がないでよ!本当なら、写真を撮るのもまずいと思う。ほどほどにしておきなよ」 と厳しく注意を促した。
数日後、高橋君は、会社に来なくなった。
どうやら、体調不良で休んでいるとのこと。全く起き上がれないらしいと噂になった。
私は、 (まさか、あの廃屋と何か関係があるのか?) とも思ったが、私自身がおじいさんを見ても、何ともなかったので、関係はないはずであった。
心配していると、高橋君から突然ラインがきて驚いた。
開くと写真が添付されていて、拡大する直前に、電話の着信。
仕方なく急いで出ると、高橋君からで、 「今から、お祓いなんですよ!あそこヤバかったです!送った写真、見たらすぐ消して下さいね!絶対ですよ!後で説明しますから」 一方的にそう言うと、電話を切ってしまった。
(お祓い?)
なんだか相当にまずいことになっているようで、ドキドキが止まらなかった。
ふと、写真のことを思い出し、タップした。
廃屋の庭先を恐らくだが、土手の上から撮影したもののようだった。
まだ少し明るさが残っていたので、夕方頃であろうと思われた。
(あの草ぼうぼうの土手を登ったのか) とも思ったが、次に庭先を確認して驚いた。そこには、大きな木で出来た囲みがあり、土台の上に高さおよそ二メートル程の仏像がおさめられていた。
(庭に仏像!)
私は、更に画像をアップして、背筋が凍った。
仏像に気を取られて、気付くのが遅くなったが、ガラス窓のカーテンの隙間にガリガリのおじいさんがいた。
あの強風の夜、私が見たおじいさんと酷似していた。そして、おじいさんの表情に、怒りを感じた。
(高橋君、心霊写真撮れたんだ) とは思ったが、この写真はまずいと感じた。
だから、高橋君もこの写真をすぐに消してと言っていたのだろうと納得した。 私は、すぐに写真を削除した。
翌日、高橋君がようやく出勤して、昼休みに話を聞くことが出来た。
高橋君の話 「あの廃屋に何回か通って、庭先に何かあることに気が付いたんです。でも、夜だと全く分からないので、逆に明るいうちに土手を登ろうということになって、別の日の夕方、行ったんですよ。あの写真分かりました?」 と言うので、私が、 「でっかい仏像と怒ったおじいさんでしょ」 と言うと、高橋君が、 「えっ、もう一つ凄いのがありましたよ!分かんなかったですか?」 と言う。
「えっ、何?怖すぎて、すぐ消してしまったのよ。教えてよ」 と言うと、 「墓ですよ。普通の寺にあるような墓石が、あのでっかい仏像の奥にあったんです」 とのこと。
ふと考える。
(墓石があるということは、まさか、お骨も埋まっているのだろうか。) すると、高橋君が、 「それだけじゃないんです。あそこに古い自転車あったじゃないですか。あれね、どっかで見た気がして、考えてたら、友達が思い出したんですよ。この前、教えてもらって行ったトンネル、あの近くのトンネルですよ。おじいさんがあの自転車に乗って出てきたんですよ。あの時は、凄いリアルだったんで、ただの通行人だと思ったんですけど、後から考えたら、間違いなくあのおじいさんだったんです。凄くないですか」 とのことだった。
この廃屋は土手沿いにあり、この付近では、昔から川の氾濫による被害が多かったので、民家の敷地内に鳥居や祠を祀る家が沢山ある。
廃屋の仏像もそうした関係のものではないかと思われる。