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木箱の謎

父が入院して最初の週末に叔母がお見舞いに来てくれた。
ううん、父の病状はそれほどひどいものではない。
いわゆる胆石というもので、いっそ手術で取り出す事になったのだけど
命に係わるほどの危険性はないという話だった。
私はこの叔母が何と言うか、年の離れたお姉さんみたいで子供の頃から大好きだった。
今夜はうちに泊まってもらうという事でその帰り道に道すがら、
私は叔母に先日見たおかしな夢の事を話してみた。

私が座っていると目の前をたくさんの中学生が行ったり来たりする。
高校受験でもあるのかとじっと眺めていると、
よく分からないけどみんな母校の制服を着ているように思えた。
そういえばどこかで見たような景色だと思った。
後日になってふと思い出すには校舎の階段の踊り場にある
手洗いの鏡の中から私は見ていたんじゃないかと思う。
あくまで夢の話だから、なんだかそんな風に思えるだけだった。
ただ、何でこの年になって中学生時代のおかしな夢を見たのか不思議に思う。
そしたら叔母はこんな話をしてくれた。
これは夢じゃなくて、叔母の身に起きた本当の話だそうだ。

叔母は若い頃、とある町の工場で働いていたそうだ。
そこは○○町と呼ばれる工場の名前がそのまま地名になるほどの
大きな工場で敷地はそれこそ町一つ分ほども広かった。
そこで働く人たちはほとんどが地元の人だったけど、
叔母を含む何割かは地方から就職して
敷地の中の社員寮で生活している人もいた。
その女子寮は二人一部屋で伯母と住んでいた女の子は
「お弁当箱」と呼ばれていたのだそうだ。
なぜお弁当箱なのかといえば彼女はなぜか常に木箱を持ち歩いていて、
それがちょうどアルミ製のお弁当箱を少し深くしたような大きさだったらしい。
それをお弁当を入れて持つような編み込みのバスケットに入れ、
いつも大切そうに両手で抱えて持ち歩いていたそうだ。
同部屋の叔母はもちろん、いろんな人が彼女にその木箱の中身を尋ねてみる。
彼女は普段からあまりものを言わないおとなしい性格だった事もあったが、
結局その中身を知る者はいなかった。
「そんな子ってイヤだなあ。一緒に暮らしていてやりにくくなかった?」
「そうかしら、私もおとなしい方だから静かで暮らしやすかったわよ」
気さくで明るい性格な叔母がそんなにおとなしいはずはない。
だけど考えてみれば部屋にいる時ぐらいは静かに過ごしたかったのかも知れない。
そう思うと、同居人はいないも同然というのもアリかも知れない。
ともかく、トイレに行く時以外は外出する時も出勤する時も彼女はそれを離さなかった。
当然、周りの好奇心をそそる。
「本当に知らないの?木箱の中身。同室でしょ」
「知らないわよ。あまりしつこく訊くのも悪いじゃない」
「トイレに行ってる隙に黙って見ちゃったら?」
「そんな事できないわよ。きっと絶対に知られたくない何かなんでしょ」
叔母は仲のいい同僚たちにそそのかされても
そう言って木箱の中身には触れずにおこうとした。

そうこう言ってるうちにいつしか会社は叔母は入社して二年目の夏季休暇を迎える。
彼女は郷里に帰省して行った。
叔母も実家に帰ろうかと思ったけど、
まだ間に合うかと思ってる間に新幹線のキップも取れなかったという。
混雑する鈍行なんかで帰省などしたら、それだけで丸一日を費やしてしまう。
つい煩わしくなって、叔母は社員寮に残ったのだそうだ。
その年は地元の同僚と一緒に海水浴に行く。
海育ちの叔母は泳ぎが得意だったのだ。
女子寮にはひとつ規則があって他人の部屋には原則立ち入り禁止だったそうだ。
寮内には談話室が設けてあり、入居者はそこでコミュニケーションをはかる。
とはいえ、そこはわりと曖昧で例えば仲のいい者同士であれば
いつまでも一部屋にたむろしてお喋りに暮れている事も日常だった。

海水浴から帰り、談話室でトランプでもしようという事になり、
叔母は自室にカードを取りに戻った。
どうせ会社は明日も休みなのだ。
それには同じ寮生活している子と地元の家から遊びに来ている子のふたりついてきた。
部屋に入るとどこからかガサガサという音がした。
「やだ、ネズミ?」
「ネズミなんていないわよ」
叔母が言った。
同じ寮に住む子にも「ねえ」と相槌を促す。
しばらくして、またガサガサ・・・
叔母は寮でネズミなど見た事はなかった。
その痕跡らしい物も見た事はない。
だが、本当はいたら怖かった。怖いし気味が悪い。
地元に家を持つ子がそっと音のした方向を見に行った。
どうも例の彼女のクローゼットからのように聴こえる。
多少気が咎めたものの、好奇心には勝てず無断で扉を開いてみる。
鍵は掛かっていなかった。
そしてそこに例の木箱が忽然と残されていた。
「何の音?子猫でも飼ってるの?」
「子猫なんかその箱には入らないわよ。
それに、いくらなんでも同室の私なら分かるわ」
叔母は少し離れた場所から様子を伺いながらそう言った。
「開けてみちゃおうか?」
「よしなさいよ!それこそネズミかも知れない。蛇とか虫かも知れない」
結局、叔母が止めるので誰もその箱に触れる事もなくその場はやり過ごした。

夏季休暇は終わっても彼女は戻ってこなかった。
彼女と同じ部署の人や寮の管理人さんに訊いてみたら、最初は急病だと言われた。
でもしばらくして、あの夏季休暇のうちに彼女は亡くなっていた事が伝わった。
病死?事故死?信憑性のほどは分からないけど、
どうやら自殺だったという話が人伝に漏れた。
とにかく実家に帰省した彼女は再び会社に戻ってくる事をひどく嫌がっていたらしい。
だからと言って自殺しなくても・・・
その後に誰に聞いても「いじめ」のようなものに遭っていた様子もない。
それにそうなら、同室の叔母が真っ先に気づいてもよさそうなものだ。
では自殺という話はやはり嘘なのか?
叔母は二か月あまりを彼女の僅かな遺品と生活していた。
家族の人が引き取りに来たのか、会社の方で郵送、あるいは処分したのか、
荷物はある日突然消えていた。
ただ、その前のある時、やはりみんなが気になるのは遺されたあの木箱の中身だった。

ひとりの女の子が「もう亡くなっちゃたんだし、こっそり見ちゃおうか」と言い出した。
叔母も生前の事ならやっぱり悪いけど、
もういないんだしそこは黙って傍観してたという。
正直、叔母だって中身が気にならないでもない。
そしたら不思議な事にあの時には開いていたクローゼットの鍵はしっかり掛けられていた。
「あれ?おかしいな、あの時には確か開いたはずなのに」
そこで諦めればよかったものを
何人かの女の子が寮中のクローゼットの鍵を借りて回ったそうだ。
なんでも何かの時に偶然分かった事らしいのだが、
鍵はそれほど精密な物ではなく何個にひとつは同じ鍵の物があるらしい。
その借りてきた鍵のひとつが開いたのだった。
クローゼットを開けると例の木箱があの時のまま座っていた。
恐る恐る取り出して、まず軽く振ってみる。
ゴソリと音はしたけど、別段中で何かが動く気配はない。
ずっと一か月以上も閉じ込めていたので
中の「何か」はかわいそうに死んでしまったのかも知れない。
「もう、よそうよ」
叔母と幾人かの女の子は止めたのだけど、木箱の蓋は開けられてしまった。
開けた本人は中を見るなり「きゃっ!」と悲鳴を漏らすとも
「ひぃっ」と息を飲むとも知れない声を上げた。
木箱の中にはなぜか首から下だけの日本人形が入っていたのだった。
その場一帯は悲鳴の嵐となり、それ以降は誰もその話をする者はいなかった。

それからの事。
寮の廊下や談話室で彼女の幽霊に会ったという噂が流れた。
彼女は必ず後ろ向きでまるで木箱を抱えているかのように立ち、
こっちに向いて振り返ると眼が真っ白なのだそうだ。
そこはどの話も共通なのだけど、幽霊話はどうも信憑性が薄いと叔母がいう。
ある子の話では果敢にも
「お弁当箱は家の人が持ち帰ったわよ」と話しかけたらしい。
そうしたら彼女はスッと消えたという。
それから彼女の幽霊に会ったら
「お弁当箱は家にある」といえば消えるという話が広まった。
叔母はその幽霊に会った事はない。
叔母曰く、他の子たちの前に姿を見せるなら、
なぜ真っ先に自分のところに出て来ないのか?
少なくとも、誰よりもルームメイトの自分が一番親しかったんじゃないかと思うのだそうだ。
第一に、彼女が亡くなったというのも公に発表された事ではなく噂の域を出ないのだ。
案外あんな子だから、心を病んでしまって
実家でゆっくり療養してるんじゃないかと考えていたらしい。
傍でみているうちには心を病んでいるような様子も伺えなかった。
確かにおとなしい子だったけど、普通だった。
ただ、なぜか首のない日本人形を肌身離さず持ち歩いていたところを見る限り、
心に問題があったのかも知れない。
結局、彼女がいなくなった真相も首なし人形の謎も今では分からず仕舞いなのだ。

そこまで話して叔母は遠くを見るように「ふっ」と息をついた。
並んで腰を下ろした夕暮れの河川敷公園。
その風景から叔母は若かった頃の風景を眺めるようにも思えた。
それからこうも付け加えた。
「不思議だったのはね、なぜあんなに大事にしていたお弁当箱を
置いて帰っちゃったのかしら?
それに箱の中身がガサガサ動く音をみんなで確かに聞いたし、
二度目の時はいったい誰が鍵を掛けちゃったのかしらね?」
空の色はすっかり茜色に染まり、その逆反射で叔母の顔が真っ黒に見えた。
それはまるで遠く異世界を旅してきた人の顔のように見えて、
私は不思議な気持ちで叔母の顔をじっと眺めていた。

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