心霊スポット

夜道を長く走っていると次第にハンドルを握る肩がずっしり重く感じる。
歩き過ぎた事もあるのか、アクセルやブレーキを踏みつける足首も気怠い痛みを覚えた。
ライトを上げて走っていてもその前方は暗く、曲がりくねって見通しが悪かった。
ルームミラーから覗き込んだ後ろの方はただ闇が通り過ぎて行くばかりだ。
(ちょっと疲れちゃったかな・・・)
どこかコンビニでも見つけられたのなら一休みしたいところだけど、
行けども行けども果てしない山道が続く。
まさか、こんな所に車など停めて休息を摂る気にはとてもなれないし、
そのうちこの道で正しいのだろうか?とさえ思えてきた。

「ここ、通った事あるな」
後ろの席から突然、眠っていたかと思ったショウタの声がした。
「あっ、知ってるように思う。前に来た事あるわね」
目を覚ましたのか、その隣で親友のアツコが寝起きと思えないようなテンションで声を上げる。
「そうかしら?私はたぶん初めて通る道と思うけど」
「アンタ、あの時いなかったじゃない。
気が乗らないとか言って結局出てこなかったわ」
そうは言ったけど本当は昼間に何度か通った事のある道だった。
さんざん迷った挙句に峠の近道を見つけ出した事。
何だか格好悪くて土地勘の全くないフリを決め込む。
それにしても夜道というのは、例え知った道であったとしても全然違う様相を見せるものだと思う。
「やっぱ、運転代ろうか?」
「ううん、いいの。もうすぐ明るい道に出ると思うから」
助手席から窓枠にヒジをついたままタカシがそう言ってくれた。
ここを抜けきるまではハンドルを放したくないみたいな妙な意地が働いた。
まちがってもここで事故でも起こしてしまわないよう、
私は一層慎重にハンドルを握り直した。
「ここだよ、ここ。心霊スポットのある道だ」
さっきまではグウグウと眠っていたはずのショウタが後ろの席でやけに元気にはしゃぐ。
隣に座るアツコも「そうそう、来た事あるわね」と賛同した。
また始まったか・・・と私は低速で慎重に曲がりくねったカーブをこなしていった。

道幅は狭く、路肩は真っ暗で何も見えないけど
ガードレールもないその下は暗い木々が林立した崖なのだ。
「ねえ、寄ってみようよ」
「よしなよ、そんなとこ行くの」
「何で?せっかくここまで来たんだしさあ」
アツコが後ろから運転席を揺すって催促する。 こうなると思ったのだ。
どうもこの連中ときたら、真夜中にわざわざそんな薄気味悪い場所を訪れたがる。
たまたまその「心霊スポット」とやらが見つからなかったとしても、
廃屋や神社らしい場所ををみつけると車を停めて見に行ったりするのだ。
「あのさ・・・例えばよ。私たちがおうちでご飯食べてる時にさ、
向こうの人達がぞろぞろ入って来たらどう思う。
興味本位で土足で踏み込んで、タタリのひとつもくれてやろうと思うんじゃない?」
「そんな解釈もあるのか」と一同ゲラゲラと笑った。
祟られてしまえ、こんなヤツらとか思ったけど、実際私はそんな遊びが苦手だったのだ。
こうして夜道を車で走っている時も、
いつ白い服を着た女の人が立ってるんじゃないかと内心ドキドキしていた。
私はもう疲れてしまって早く家に戻りたいと思っていた。
だけどアツコたちは例の心霊スポットに立ち寄ろうと意気込んでいて聞かない。
仕方がないからちょっとだけだと彼女らのいうように細い脇道を右折して入った。
アツコは私の古くからの親友で隣のショウタはその彼氏。
助手席にいるタカシは私の彼氏というわけではないけど、
ショウタの友達でいつも四人で遊んでいる仲だった。
ひとりで夜道を運転していると何だかウンザリしてきたものだけど、
みんなが起き出すと心持ち元気が出て来たように感じる。

ガタガタの林道はほどなく、ポツンと開けた場所に出た。
林道の入口にはおそらくここを示す看板みたいなのが目についたけど読み取れなかった。
足元にはなだらかな斜面が迂回するように下っており、
その下にはいくつもの鳥居が並んでいるのが見える。
すぐ後ろは雑木林に面していて暗く、よくは見えないけど奥に祠のような物が佇んでいるのが伺えた。
「あの祠を開いて左から振り返ると、そこに何かが立っているらしいぜ」
「何がいたの?前に来た事あるんでしょ?」
「いや、見つけられなかったんだよ。ここが」
「そうそう、それでもう少し向こうの廃居に行ってみたんだよね。
お婆さんの遺影が残っていて怖かったぁ」
楽しげにアツコの弾んだ声がの山中に響く。いったい何が面白いというのだろう。
私は待ってるからアンタたちだけで行って来てとまた運転席に潜り込んだ。
連中は斜面を続く道を降りて行ったようだけど、次第にその声も聞こえなくなった。
「何か」にさらわれてしまったのだろうか?
私はカーステのボリュームを少し絞った。
こんな場所でひとりいると心細くなってくる。アツコたちの声は聴こえない。
いまに血だらけの男が車窓を覗き込むのではないだろうか。
フロントガラスに子供の手形が付くんじゃないだろうか。
車から降りて斜面の道を見下ろしてみると、アツコたちは鳥居の奥で何かワヤワヤとやっていた。
まさか、祠の扉でも壊して無理にでも開こうとでもしているんじゃないだろうか?
私はゆっくりと斜面を下り、目の前に続く鳥居の奥へと歩き出した。

いま気づいた事だけど、このように鳥居が並んで立っているのは
お稲荷さんのシンボルみたいなものだったように思う。
お稲荷さんの鳥居は赤いけれど、この鳥居は白くて朽ちてペンキが剥げていた。
ではお稲荷さんじゃない何か別のものが祀られているのだろうか?
それとも白い鳥居のお稲荷さんというのもレアキャラで存在するのだろうか?
そういえば、お稲荷さんのキツネって普通のキツネと違って真っ白だったと思う。
アツコたちは祠の前に屈み込んで何かしきりに頭を動かしている。
何かを談議しながら頷き合ってるようにも見えるけど、
まるでソレは養鶏所のニワトリがエサでも啄んでいるようにも見えた。
全員前を向いていて、私に気づかないようだったのでそっと近づき
「ワッ!!」と脅かしてやろうかと思った。
ところが鳥居をひとつひとつ潜るたびに、何だか気分が悪くなる。
胸が締め付けられるというか、何か途方もないものを飲み込んで
それが膨張しながら吐き出しそうで出てこない・・・そんな感じがした。
「もう帰ろうよ」
彼女たちの傍に行くまでも煩わしく、
すこし離れた何本目かの鳥居の下から私はできるだけの声を絞ってそう促した。
振り向いた三人の顔は真っ白で、しかも全員無表情にこちらを見上げていた。
アツコたちの顔はすぐに表情を取り戻し、
「ちょっと来てみなよ」「イヤよ」と一悶着する。
急に声をかけられて、それなりに驚いてくれたのだろう。
私はそそくさとひとり車に戻った。

林道を抜け、峠道を下り国道に出た。
車に戻ると胸の苦しさは薄れて私は平静を装ったけど、きっと真っ青な顔をしていただろう。
タカシが運転を代わってくれようとしたけど、ハンドルを渡さなかった。
もちろん助かったと思うけど、今度はどこへ連れて行かれる事か分かったものじゃない。
ファミレスをみつけて私たちはそこに車を停める。
べつにおなかが空いたわけじゃないけど、
コンビニではなくどこかにひとまず腰を下ろしたかったのだ。
店内に入るとホール係りの女性が一瞬、怪訝そうな顔で私たちを見て
「お好きなお席へどうぞ」と通りすぎた。
たしかに深夜のファミレスはお客も疎らでどこにでも座り放題だった。
それにしても深夜営業とはいえ、さして忙しくもないのにゾンザイな扱いではないだろうか?
真夜中に訪れる若者は騒ぎ立てて、その挙句に夜が明けるまで粘る。
お店の人からすると歓迎されないお客のイメージがあるのかも知れないが、
真夜中のファミレスにファミリーは来ないだろう。

しばらくすると、さっきの女性がお水を一つだけ持ってオーダーを取にやってきた。
お水を一つだけ・・・それにレストランのナプキンに包んだ何かをそっと差し出した。
「気分が悪ければ、これを表に出て肩や背中にかけてくればいいわ。
かけてあげましょうか?」
ナプキンに指を添えてみると、冷たさとぎゅっと押し詰まる感触で分かる。
どうやら一握りのお塩のようだった。
「いえ、あの、見える人なんですか?」
「ううん、そんなんじゃないけど、ちょっと見たらそれらしい人って分かるのよ。深夜には珍しくないわ」

(あぁ、まただ)
そこで私は事の次第を理解した。
アツコにショウタ。それにタカシ・・・
彼女たちは何とかトンネルとかいう心霊スポットに出かけて行ったきり帰らなかった。
その帰り道の居眠り運転だったと聞いたけど、
かなりのスピードで三人の車は崖下に転落したという。
アツコのオバサンは手を握りしめて、せめて私だけが無事だった事を喜んでくれた。
私はわざわざそんな怖い場所に連れ立って行くよりもコタツにテレビの方がよかっただけだった。
それも四年前の事だ。
彼女たちは今でもこうして、疲れた時などに私の前に現れたりする。
車を運転している時、夜道を歩いている時。
私を向こうの世界に連れて行こうとしているのか、
それともあの頃と変わらず四人で楽しく過ごしたいだけなのか。
あるいは、かけがえのない友人たちを一度に失い。
自分だけが年取っていく私の孤独感が造り出した幻覚なのかも知れない。
ともかく、心霊となってしまった今でも彼女たちは
こうして心霊スポット巡りを続けているのだろう。
そんな気がする。

その時、ふと何気に見たテーブルの上に置かれたコップの水面が、
かすかに波を打っているように私には見えた。

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