私は昔から定期的に同じ怖い夢を見ます。
ある時は山奥にある廃村の中を見えない何かから逃げ回り、 またある時は私が生まれ育った町にゾンビや幽霊が溢れてそれらから逃げ回り。
すでに卒業している学校の中で絶対に見つかってはいけないかくれんぼをしていたり……。
大概は夢からさめてから「またあの夢だった」と気付くのですが、極たまに、逃げていたり隠れていたりする途中で「これは夢だ」と気付く場合があるのです。 その時は本当に怖くて……。
夢だと分かっていても、目がさめると分かっていても怖いものは怖いんです。
少し話は変わりまして……。
怖い夢と同じく、私は夢の中で何回か出てくる建物があります。
外観はその都度駅ビルだったり近所のスーパーだったりと代わるのですが、 内装は絶対に同じ……巨大ショッピングモールと言えばいいのでしょうか、そのような建物です。
特に頻度が高く出るのは二か所ですが、 今回はそのうちの一つが出てきた夢のお話をさせていただきます。
そのショッピングモールは小さいころから何度か夢に出てきていました。
中はいたって普通でエスカレーターがあり、1階は……あまり行った事はないですが確か広々として数点お店が開かれています。
エスカレーターに乗って2階へ行くと今度は逆にごちゃごちゃしていると言っていいほどお店がひしめき合い、買い物をしているお客さんの姿も見えます。
3階は薄暗く巨大なゲームセンターになっており、4階は……4階には行った事がありません。
いえ、恐らく毎回行っているのだとは思います。 ですが4階だけは記憶にありません。
その理由というのが、このショッピングモールに行くとかならず私は一階を通り過ぎて2階へ。
そして2階で何を買うわけではないのですが、ぐるりと店内を見て回り今度は3階へ。
ここでも巨大なクレーンゲームや何個もあるゲームを覗き、時々プレイして満足したのでさぁ帰ろう……となったところで異変が起こるからです。
それは先ほどまで2階で買い物をしていた人たちが化け物になってショッピングモール内の人を襲い始めるという、まるでどこかのホラー映画のような事がおこるからです。
私はその騒ぎが起こると慌てて逃げまどい、他の人たちと一緒に上へ……4階へ逃げる……大体はここで目が覚め、行っていたとしても全く覚えていません。
憶えていても4階へのエスカレーターへ向かって走る所までです。
それが一度だけ、 ショッピングモールへ入ったところで「なんだか見たことある景色だな」と思い始め、 二階へ着いた時に「あ。これはいつも見る夢だ」と気付いたことがあったのです。
もしもこれが普段見る他の逃げまどう夢やかくれんぼの夢だったらこの時点で恐怖しかないのですが、 このショッピングモールの夢で別段怖い思いをした事がなかった私は、恐怖心も抱かずにきょろきょろとあたりを見回していました。
化け物に追われる……と言っても、毎回私は下の階から聞こえてくる叫び声に怯えて、4階へ向かって逃げるだけなのであまり恐怖を感じていなかったからだと思います。
「どうせ夢だし、この夢はあまり怖い思いをしない。
だったらちょっとじっくり見て回ってみようかな」
そんな事を思いました。
丁度目の前でショッピングを楽しんでいる女性客二人が毎回最初に化け物へとなってしまう人たちでした。
(なぜわかったかと言えば、毎回この二人のうちどちらかが苦しみだして
エスカレーター横のソファに座りこむのを横目に上へと行った後
「苦しんでいた女が人を襲いだした!」と聞いていたからです)
今回はこの二人の後を着いて行ってみよう。 そんな風に考えました。
またどちらかが苦しみだしたら私は急いで4階へ向かう。 そうすれば夢からさめることができると、なんとなく確信を持っていましたから……。
二人の後をこっそりついて行きながら私もショッピングを楽しむ。
今までは義務的にぐるりと回っていただけの店内でしたが、あらためてじっくり見てみれば色々な商品があって、夢とはいえとても楽しかったのを覚えています。
そろそろ2階も見終わる……今回はどちらの女性が苦しみだすのだろう…… そうふたりの背中を見ていた所で、今までとは違うことが起きました。
ふたりともどちらも苦しみだすこともなくそのまま3階へと続くエスカレーターに乗ったのです。
今までにない展開に驚きつつも、とにかくあの二人を見守ってみよう。 そう思って私も二人に続いて3階へと向かいました。
気付かれないように距離感を保ちつつ二人を追いかけてゲームコーナーへ。
ふたりが何か会話をしているのを見守っていると、また今までと違うことが起きました。
「あれ?ここで会うなんて珍しいね」
そう誰かに話しかけられたのです。
驚いて振り返ると、前の職場で数カ月だけ一緒に働いていた女性Aさんが驚いた顔で立っていました。
「どうしたの?」
「ここで会うの初めてだよね?」
「いつもいないよね?」
そんな風に早口で話しかけられたのですが、 私は「ここはあまり来ないから」や「今日はなんとなく」とか、そんな事を返したと思います。
「ふーん…?」
納得しているのかしていないのか、よくわからない表情でAさんは頷きました。
「私も普段はこここないんだけどね…まぁこうういう時もあるか」
そんな事を言うと、今度はAさんはにっこりと笑って言いました。
「ひとりだよね?私もひとりだから、一緒に回らない?」
別に断る理由もなかったので、当たり障りのない会話をしながらAさんに気付かれないようにまた女性客達の後を追いました。
3階も全て周りって今度は女性たちは4階へ続くエスカレーターへ……。私とAさんも続けてエスカレーターに乗りました。
3階までのエスカレーターは普通だったのに、この4階へ続くエスカレーターは異様に長く……多分50メートル以上の長さがあったように感じました。
残りが半分ほどの距離になった時、いきなり停電になりました。
私や周りにいた数人もみんな驚いてあたりを見回していました。
当然エスカレーターも止まっているわけですが、気が付いたら私のすぐ後ろにいたはずのAさんがいません。
「まぁ夢だし…そんなこともあるか…」
そんな風に考えていたら、突然私の携帯電話が鳴りだしました。
カバンの中で鳴っていたはずなのに気が付いたらいつの間にか携帯は私の手の中に……
私……いつ携帯を出した……? これも夢だから?
恐る恐ると画面を見ると、そこにはAさんの名前が。
なんだAさんか。
電話に出ようとしたところで、言いようのない恐怖が私を襲いました。
この電話に出たら、よくない事が起こるのではないか。 とても怖い目に合うのではないか。 そんな事を感じましたが電話は鳴りやみません。
どうしようどうしようどうしよう
気付かなかった振りをしてカバンにしまってもいつの間にか携帯は手の中に戻ってくる携帯。
これは夢だと分かりながらもあまりの恐怖に泣きそうになっている時に、ふと、気が付きました。
エスカレーターに誰もいない。
さっきまで追いかけていた女性客2人はもちろん、他にも数人乗っていたはずなのに誰もいなくなっていました。
そしてエスカレーターの続く先……4階の踊り場に、笑顔のAさんが立っていました。 怖い位の笑顔でした。
暗くて数歩離れたらぼんやりと影しか見えない程だったのに、 なぜかAさんだけは闇の中ではっきりと見えました。
いつの間にか携帯も静かになっていて、真っ暗な世界の中に私とAさんのふたりきり。
目を逸らせずにいると、Aさんがゆっくりと何かを持ち上げました。
その何かを顔の横……耳元へもっていったことでAさんが携帯を取り出したのだと気が付きました。
そして再び鳴る着信音……当然のように、カバンの中ではなく私の手の中にある携帯電話。
恐る恐ると着信をとり耳へとあてると……
『気付いちゃった?』
声色は楽しそうなのに、どこか無機質なAさんの声。
笑顔のAさんから目を逸らせずにいると、止まっていたエスカレーターが音を立てながら再び動き始めました。
『夢だって気が付かなければよかったのにね』
にこにこと笑うAさんがすぐ近くまで迫ったところで……私は飛び起きました。
この夢は昔から何度も見ていた夢です。
年に一度……多くても2度ほど繰り返してみてきた夢ですが、 この夢を最後にもう3年ほどこの夢を見ていません。
ただの夢だとは分かっています。 元々ホラー映画や怖い話が好きな私が、色々な作品を見過ぎた結果夢にまで見てしまっただけだと、わかっています。
それでも未だにあのAさんの笑顔と『気付いちゃった?』という、機械的で、それでいて楽しそうだった声が忘れられないのです。