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ざくろ

2017/8/21  投稿者 ジョーセフ

それは、俺が登山にはまっていた頃。

そこは、関東では1番の標高を誇る、東京都、埼玉県、山梨県の県境にそびえ立つ、雲取山(くもとりやま)。

標高こそ2000メートル級ではあるが、いくつかのルートによっては、富士登山よりも難易度が高く、日帰りでの下山は困難だ。

天気が良ければ、頂上から都内の高層ビル群も一望出来ると言う、関東の登山好きには人気の山。

仲間を含めた俺たち3人は、一泊二日で、まだ山の中腹から雪の残る、3月中旬の難しい時期を狙って、車で麓まで向かった。

麓の売店で、用意し損なった小さな備品や非常食の調達をしている時だった。

これから登山を始める登山者達の高揚感を感じる賑やかな店内で、何かの視線を感じ、店内を見回すと、売店のレジに居たおばあさんが、やたら俺の事を凝視している。

気のせいではないかと、店内を移動するも、やはり俺へ冷たい眼差しを送り続けるその老婆。

買い物をする為レジへ行き、何食わぬ顔で会計を求めた俺に、老婆が一言こう言った。

[これから、あんたは必ず帽子を深く被った下山者に、『こんにちは』と挨拶をされるよ。絶対に、絶対に挨拶を仕返しちゃいかんからね。]

意味が分からなかった。

他の会計を済ませた客や仲間も、そんな話はされて居ない。

少し不快感を抱いたが、仲間達や他の登山者達の楽しそうな顔を見て、自然と気分転換が出来た。

時刻は午後3時過ぎ。登山を始めて8時間。

辺りは真っ白の銀世界だが、周りの木々には所々葉や芽が生えており、溶け出した雪の隙間から草が顔を覗かせ、生命の息吹を感じる。普段なんとも思わない菓子や即席料理、バーナーで沸かしたドリップコーヒーも格別だ。鳥達のさえずりも心地よい。

かなり早いペースで頂上に近づいている事を確かめた上で、大きな岩場で一息ついている時の事だ。

急に辺りが静かになった。

小鳥達のさえずりも、風による木々のきしみ音も、何もかも。

気づくと、進行方向方面から、1人の下山者が、こちらに向かって来るのが見えた。

と同時に、強烈な耳鳴りと、錆びた鉄の様な、異臭を感じた。

下山者は男か女かは分からず、大きな麦わら帽子を被り、顔は見えない。

タイの僧侶が着る僧衣の様な格好をしている。

右足を引きずる様な格好で徐々にこちらへ向かって来る。

距離がかなり近づいた時に気付いた。足音がおかしい。俺たち登山者は、所々凍った雪の上を円滑に歩くのに、アイゼンを靴に装着している為、”ザク ザク”と音を立てる。しかしその下山者は”グチャ グチャ”と、粘り気のある柔らかい何かを踏み潰す様な音がする。

異変を感じ、仲間2人を見るも、どうもその異様な下山者に気づいて居ない様だ。

この時の俺は、耳鳴りを通り越し、アナログテレビの砂嵐の様な音と、一部読経の様な無機質な音が聞こえて居た。

恐怖で指先一つ動かず、今にも絶叫し助けを求めようとしたその時、ゆっくりとその下山者が目の前を通り過ぎた。

真正面に来た時に一言。

『こんにちは』

耳元で、確かにそう囁かれた。

俺はとっさに早朝の売店の老婆の話を思い出した。

視線を反らせずに直視をして居たソレは、顔こそ見れなかったものの、帽子のツバの下の耳の穴から血を流し、イビキの様な音を”グー グー”と立てていた。

どれくらい時間が経ったのだろう。気づけば異様なソレは居なくなっていた。

多分、しばらく俺の顔が引きつっているのを仲間が感じ、ほとんど会話をする事無く、とにかく急いで頂上にある山小屋に向かった。

話した事によるフラッシュバックが恐ろしくて仕方なくて、仲間にも話せなかった。

山小屋に飛び込む様に逃げ込み、他の登山者の目を引く中、管理人だと言う女性から

『良かった…。。』

と声を掛けられた。

意味が分からず訪ねると、麓の売店から連絡があったとの事。

毎年登山者の中には、遭難死や滑落死が後を絶えないが、俺が遭遇したあの下山者は、地元や一部の登山者から[ざくろ]と呼ばれ、挨拶をし返す事で滑落死へと追い込む悪いモノだそうだ。

ソレが幽霊か、妖怪か、はたまたヤマノケか、詳細は分からない。

ソレに誘われ滑落死した登山者の遺体の損傷が激しい事から名付けられた名前なのは容易に理解出来た。

翌日、頂上の景色も早々に急いで下山をしたのは言うまでもない。

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