神社裏の山にいたもの

 高校時代の友達から聞いた話。

 田舎暮らしの彼は、小学生の頃友達と遊ぶといえば専ら山・川・神社という絵に描いたような田舎の少年だった。
 ある夏の日、彼を含め四人の少年たちはいつも通り近所の神社でくだらない遊びに精を出していた。
 境内の下で蟻地獄を捕まえる、巨木の裏の秘密基地で食糧を食べる、手水舎の水を掛け合うなど、ろくな遊びではない。
 そんなクソガキ供は、日が少しかげってきたもののまだ遊び足りず、最後にかくれんぼをしようと駆け出した。
 一人見つかり二人見つかり残すはあと一人、タケオだけとなったがこれがなかなか見つからない。
 大分日も落ちてきたこともあり、三人で降参の声を上げながら探し回るも全く見つからない。
「もしかして山に入ったんかな」
 神社の裏には深い山があり、手前にどこぞの家のものとも分からない畑があったため、そこから先は特に足を踏み入れたことはなかった。
 もしかすると黙って家に帰っていたなんてこともありうるが、差し迫る門限の焦りもあり、また事を大きくもしたくない気持ちから三人で山に探しに入ることにした。

「おーい、タケオー」
 三人で名を呼びながら歩を進めるがタケオは一向に見つからない。
 ふと我にかえると日も落ち辺りは薄暗く、霧まで出ていた。
「なぁ、もうアイツ家に帰ったんじゃろ。時間もヤバいし帰りにタケオんち寄って見て帰ろうや」
 誰からとなく捜索打ち切りの提案が挙がり、反対するものはいない。正直みんな山の雰囲気が怖かった。
 そそくさと踵を返し来た道を戻り始めたが、少しすると先頭を行く友達が立ち止まり手で進行を制した。
『ちょっと待て、何か来る』との小声に耳をすますと、さきほどの神社の方向から『ザザッ、ザザッ』と確かに何かが茂みの中こちらにやって来る音がする。
 こんな時間にこんな場所で大人に見つかると怒られるのではないかと、いかにも小学生らしい考えで近くの茂みに固まって身を隠した。
『ザザッ、ザザッ、ザザッ』
 暗くてよくわからないが大人が大勢こちらに向かってきているようだ。一学級分くらいの人影が見える。
 幸い身を隠した茂みは高さもあり静かにしていれば見つかることはなさそうなので、三人は息を殺して通り過ぎるのを待つことにした。

『ヒッ』
 突然友達の誰かが息を飲んだが、すぐにそのわけを理解した。
 目の前に差し掛かった大勢の人影は、全員が戦時中の兵隊のような格好をしているのだ。その兵隊がテレビで観たような一糸乱れぬ行進で目の前を通過していく。異様な光景に一気に恐怖があふれだし体がガタガタと震えはじめた。
 どう考えてもこんな田舎の山の中、更に言うならば現代にこんな格好をした兵隊なんているわけがないのだ。
 小学生でもわかる、つまり目の前を行進している兵隊はこの世のものではないのだろう。
 恐怖で歯がガチガチとぶつかる口を必死に手で抑えていると、横から肩を激しく揺すられた。
 振り向くと目を泳がせた友達が兵隊の方を見ろと震える手で指差している。
 友達の指差す先、行進する兵隊の中に目を凝らすと一人子供が混ざっている。タケオだった。
 兵隊の格好をしたタケオが生気のない表情で他の兵隊と共に行進していた。
 呼び止めようにも声も出せず腰が抜け金縛りにあったように体が動かない。もう限界だった。
 山の奥に去って行く兵隊とタケオを見送ることしかできず、ついに姿が見えなくなると我先にと逃げ出した。
 薄情者と思われるだろうが、とにかく大人の人に助けてもらいたかった。

 神社から一番近い友達の家に駆け込むと、帰宅の遅さを怒鳴る両親に必死で見たことを説明した。
 最初は火に油を注ぐようなものだったが、三人が顔をグシャグシャにして震える声でまくし立てる様子に自体を理解し話を聞いてくれた。
 タケオの家に連絡を取るとタケオは帰っておらず、その夜町は騒ぎになった。
 大人が総出でタケオを捜索し、翌明け方、神社裏の山の脇に流れる川でタケオの遺体は見つかった。

 結局のところ、状況から見て神社裏の山に一人で入ったタケオが斜面で足を滑らせ、20メートルほど下の川へと転落したことによる死亡事故と結論づけられたそうだ。
 後から調べてみても、神社裏の山には兵隊に関することはおろか曰くのある話なども一切存在しなかったと彼は続けた。

 ではあの兵隊はなんだったのか。ひょっとすると今も何かを求めどこかを彷徨っているのかもしれない。
 タケオの死が彼らを呼んだのか、黄昏時が視せた幻想か。
 この世には人間の計り知れないものの方が多い。

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