電話の向こう側

 今から10年程前の夏、当時大学生だった私は、長い夏休みをバイトと友人のAとダラダラ遊ぶ事だけに費やしていました。

 あるバイト終わりの夜、時間としてはもうすぐ日を跨ぐくらいのタイミングでしょうか。
 バイト先からの帰宅中の私は、ふとA宅に遊びに行こうと思い立ち、友人に電話をしてみる事にしました。
 3コール程で電話は繋がりました。
 しかし、繋がりはしたものの電話口からは何も聞こえません。
「もしもし、A?」
 返事はありません。
「もしもし? もしもーし?」
 携帯が故障したのかな?
 そう思った時、かすかに電話口から
「ザー、ザー、ザー」
 と、ノイズのような音が聞こえてきました。
「おーい? 聞こえる?」
「ザー、ザー、ザー」
 Aの声は聞こえずに、ノイズだけが段々大きくなって行きます。
「ザー、ザー、ザー、ザー、ザー」
 これはいよいよ故障だなと思った私は電話を切り、今日は大人しく帰ることに決めました。

 帰宅中、しばらくするとAからの着信がありました。
「もしもし、ゴメン! 今電話に気付いたよ」
「は? お前さっき電話出たじゃん? ノイズだらけで話にならなかったけど」
「なんのこと? 俺ホントに今着信に気付いて折り返ししたんだけど……」
 携帯が誤作動したのか? 一瞬そう思いましたが、当時の携帯はスマートフォンではなく、パカパカ開くタイプのガラケーです。
 何かが当たったなどの理由で電話が繋がるとは考えられません。
「まぁいいや、お前の家に遊び行っていいか聞きたかったんだけど今日どう?」
「ゴメン、今コンビニでバイト中でさ。だからお前の電話に気づかなかったんだよ」
 私はハッと気付きました。
 というのも、当時Aが働いていたコンビニは、飛び込み自殺が起こった踏切が近くにあり、その自殺者の幽霊が出ると噂のコンビニだったからです。

 現に、Aも誰もいないのに自動ドアが開いたり、作業中に人の気配があり振り返ると誰もいないという事等があったそうです。
 Aの話によると、携帯は棚に入れておく決まりがあり、休憩中しか触る事は出来ないそうです。
 また、その日は夜勤で店には彼1人しかいなかったそうです。
 じゃあ、あの時電話に出たのは……。
 私はゾッとしました。
 段々と大きくなるノイズ、もしあのまま電話を切らなければ、なにか聞こえていたのでしょうか。

 ちなみにビビりまくったAにバイト先に来てくれ! と懇願されましたが、私はまっすぐ帰宅して寝ました。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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