仕事で長野に行った帰り道、サービスエリアで営業車を止めて、トランクを開けた。
「身の毛がよだつ」 生まれて初めて、その感覚を味わった。
トランクの中に、人がいた。
青いストライプ・スーツを着た人が、背中を丸め、向こうを向いて、横たわっていた。
誰…?と思った次の瞬間、強烈な匂いが鼻をついた。
肉の腐った匂いだ。
堪らずトランクを閉めて、飛び退いた。
心臓が激しく鼓動している。
頭の中は混乱と恐怖に振り回され、考えがまとまらない。手が震える。
ふと、トランクのドアについた汚れが目に留まった。
小さな、泥を擦り付けたような汚れ。
指の跡…?
そういえば、トランクを開けたとき、何かぬめった感触があったように思う。
手を見ると、指の先に、茶色い、ぬめった、煮こごりのようなものが付いていた。
思わずアスファルトの地面に指を擦り付けた。
何度も、何度も。
それからトイレに走って、狂ったように手を洗った。
手を洗い終えると少し冷静になれた。
さっき見たものを思い出す。
青いストライプ・スーツ…丸まった背中…髪がギトついていた…
後頭部の生え際のあたりは皮膚が透けて見えていて、膿んだニキビのような黄色だった…
指先についていたものは…体液?…そしてあの匂い…
「あの人」は、明らかに死んでいた。
死体が、営業車のトランクに入っていた。
幻覚…?
いや、あの存在感は幻覚とは思えない。
いつから?誰なんだ? 何一つ心当たりがない。
あるわけがない。
どうすればいい?警察に連絡?なんて言えばいい?
もう一度確かめてみるか?…嫌だ。
無理だ。
結局、上司に連絡をとった。
詳しい事情は説明できないが、とにかく迎えに来て欲しいと告げた。
当然、上司は腑に落ちない様子だったが、こちらの必死さが伝わったのか、迎えに来てくれることになった。
上司を待つ間は、車が視界に入るベンチに座り、ひたすら車を見続けていた。
誰かが車に近づいてくるんじゃないか…
あるいは「あの人」はやはり生きていて、トランクから出てくるんじゃないか…
不思議なもので、最初はそんな想像をしながらも「そんなわけがない」と思っていたが、だんだん、「そうなってくれ」と懇願するようになっていた。
上司はまだ来ない。
あの時ほど時間の経つのが遅いと感じたことはない。
早く来てくれ 早く 早く!早く!早く! 誰か来てくれ! 出てきてくれ!
早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!早く!
結局何も起こらないまま、上司が到着した。
詳しい話は後で説明しますから、何も聞かずに私の車のトランクを開けてみて下さい。
そう上司に告げると、上司も漠然と嫌な予感がしているのか、少し怯えながら、それでも、トランクを開けてくれた。
予想はしていたが、トランクの中には何もなかった。
ただ、 上司と噛み合わない会話をして、とりあえず帰ろうということになり、
トランクを閉めると、 トランクのドアには、指の跡がついていた。