自宅警備員のバイト(未完)

秋の終わり。日々寒くなる時期には外には出たくなくなってしまう。

毎日コタツに入ってゴロゴロして生活したい。しかし現実は甘くない。
一人暮らしで大学生の俺は無事生活を送るため、休日は朝から晩までバイトに明け暮れていた。
時には派遣の仕事で工事現場に出向き、大学が終われば古い飲食店でせっせと働いていた。
派遣はともかく、飲食店の労働環境は最悪で休憩はなく、低賃金でホールと調理の仕事を押し付けられている。
辞めたい気持ちでいっぱいだったが、店長が怖くてそんなことは言い出せなかった。

どこかに、楽で、高収入で、長く続けられるバイトないかな…
そんな現実逃避を毎日していた。

ある朝、ふと目に付いた古い民家。民家というか神社のような外観をしている。外に建てられた木の板の塀に紙が貼ってあるのに気づいた。

アルバイト募集
自宅警備
日給 5万円(場合によっては上乗せします)
時間 17:00〜8:00頃
内容 部屋の中にいるだけの簡単なお仕事です。部 屋の中では何をしていても構いません。雇い主が部屋の扉を開けるまで警備をして頂くだけです。
詳しくは直接お尋ね下さい。
※なお、事故や負傷された際の責任は負いません

紙には手書きでそう書かれていた。
「ふっ、部屋に半日籠るだけで5万?あほかよ」
バカバカしい内容に俺はぽつりと呟いた。しかし、こうやってわざわざ書いているのだからここの家主は仕事の都合上家を空けることが多いのだろう。警備を雇いたいほど大切なものがあるのかもしれない。もし本当にバイトを募集しているのならゴロゴロしているだけで5万はかなり美味しい。
「…行くだけいってみるか」
俺は好奇心とお金の魅力に惹かれて家を訪ねた。

インターホンを鳴らすと中から返事が聞こえた。パタパタと廊下を歩く音が聞こえ、ドアがガラガラと音を立てて開かれる。中からは30代前半くらい男性が出てきた。
「あの…バイトの紙見たんですけど…」
こんな古い家だからてっきり老人が住んでいると思っていた俺は少し口ごもってしまった。
「ああ、見てくれましたか。ありがとうございます。立ち話もなんですし、どうぞ。」
俺は言われるまま中に入り、小さな和室に通された。この感じだとバイトは本当のようだ。
男は座布団を敷き、お茶をちゃぶ台に置いた。
「あ、わざわざすみません。」
「いえいえ、せっかく来てもらったんで。…それでバイト希望だよね?」
「あ、はい…」
「ありがとうございます。私は橋本と言う者です。まぁ、君の雇い主だね。」
「えっと…小林です。」
「小林くんか。大学生かな?」
「はい…あの、とりあえず話聞こうと思いまして…」
「そうだねぇ…自宅警備員って感じかな。あぁ、ニートじゃないよ。言い方が難しいね。」
「えっと…部屋で半日過ごすだけで5万円ももらえるんですか?」
「んー、まぁ厳密に言うと夕方から朝方にかけて、かな。」
「じゃあ12時間くらいですか?」
「だいたいそうだね。あ、もちろん報酬は変わらないよ。きっちり5万円払うし、まぁ、部屋に入って次に私が来るまでの間だね。」
「どんなことするんですか?」
「何をしていてもいい。ゲームでも読書でも、寝ててもいい。」
…バカな。そんな楽なバイトで高額なんて怪しすぎる。俺は疑うような目で橋本さんを睨む。
「…まぁ、怪しいか。別に私は変なことしたりしないよ。バイト中には私はここにはいないから。」
「…なんでこんなバイトを雇うんですか?」
「それは…まだ言えない。もっとも、小林くんが知る時はバイトを辞める時だね。」
「…ちょっと怪しいですけど…本当に部屋にいるだけで5万なんですね?」
「あぁ、約束しよう。しかし、私とも1つ、絶対に守ってほしいことがある。」
橋本さんは真剣な目で俺を見つめる。
「…なんでしょうか」
俺も真剣に耳を傾ける。
「絶対…絶対に私が扉を開けるまで部屋から出ないでくれ。扉を開くのもダメだ。」
俺は肝心な質問を忘れていた。
「…なぜですか?」
「…いずれ話す。わけがわからないだろうが本気なんだ。」
橋本さんは冗談を言っているようには見えない。
「わかりました。守ります。」
俺は真剣な表情の橋本さんを信用することにした。
「ありがとう。いつ来れるかな?」
「今夜からでも大丈夫です。」
スマホのカレンダーを開き、予定を見る。
「できれば毎日来れないかな?」
「毎日?」
「あぁ、バイト代は出すよ。」
毎日5万円…2日で10万だ。3日で今のバイト代くらいになる。俺は速攻で店長にバイトを休むメールを送った。
「もちろん、やらせてもらいます。」
俺の心は舞い上がっていた。人生の勝ち組だ。
「よかった。じゃあ今日の17時に来てね。コンビニとかでご飯とか買っときなね。」
俺は橋本さんに礼を言い、家を出た。気分は最高だ。一瞬で金持ちになる。貧乏暮らしからおさらばだ。

17時、俺はコンビニで飲み物やお菓子を買い込み、橋本さんの家を訪ねた。インターホンを鳴らすとせわしなく橋本さんが出てきた。
「お、来てくれたね。さ、こっちの部屋だよ。」
俺は最初に通された部屋の隣部屋に案内された。この家は廊下の左右に3部屋ずつ和室があり、廊下の奥にトイレがあった。俺が警備するのは右側の真ん中の部屋だ。襖を開けると思ったより広い。布団以外何も家具が無いため1人では少し寂しいかもしれない。
「ここで朝まで過ごすんですか?」
「そうだね。何も無くてすまないが…」
襖の横には黒電話が置いてある。
「なにかあったらその電話で連絡してくれ。」
俺は部屋の真ん中に荷物を置き、橋本さんを見送ろうと振り返る。橋本さんは襖に手をかけて、部屋を見渡している。
「じゃあ、橋本さん。あとは任せて下さい。」
「…うん。じゃあ私は行くから、絶対部屋出ないでね。私が開けるまで出ちゃダメだよ。」
そう言うと橋本さんはゆっくり襖を閉めた。

…さて、1人になってしまったな。俺は布団に座り周りを見渡す。後ろには廊下に続く襖。正面も襖だが、これは外の廊下だろう。縁側ってやつだ。おばあちゃん家にもあった。左右は平坦な壁になっている。まんま箱って感じの部屋だ。スマホの画面を見ると17:18。あと12時間はここで過ごすんだ。思ったより暇かもしれない。持ってきたカバンからポケットWiFiを取り出し、スマホに繋ぐ。こんな時間があるなら動画でも見て時間を潰すしかない。俺はお気に入りのラジオ動画を聴きながら漫画を読むことにした。

「…寒っ…」
俺はあまりの寒さに目を覚ました。どうやら眠っていたようだ。スマホを見ると0:46。3時間ほど寝ていたのか。俺は布団を掛け直し、再び眠ろうとする。
ぎし…
廊下のきしむ音がする。古い民家ではたまにあることだ。
ぎぎぎ…ぎっ…
違った。この家は歩くとこの音がする。
ぎぎぎっ…ぎ…ぎ…
一歩一歩踏み込む音。俺は廊下側の襖を見る。橋本さんがいるのか、と。しかし、足音は比較的軽い。俺や橋本さんが歩けばもっとうるさいはずだ。
ぎ…ぎ…ぎ…ぎ…
一定のリズムで聞こえる音。誰かがいるんだ。俺はぼーっとした頭が徐々に覚醒するにつれ、焦燥感に駆られた。泥棒…?なら警備員である俺は仕事をしないといけない。体を起こそうとした時に橋本さんの言葉を思い出す。
…なぜ警備員が部屋に籠るのか。部屋を出てはいけないのか。
俺は絶対に考えてはいけないことを考え始めていた。この足音の軽さ、子どもだ。夜中に橋本さんの家にいる。廊下をゆっくり歩いている。
…部屋から出てはいけない。
出たらどうなる?これは誰だ。冷や汗が流れる。俺は襖を凝視し続ける。
ぎ…ぎ…ぎぎ…
だんだんと近づいてくる。絶対に人がいる。
…これ、もし開けられたらどうするんだ…?
気づいてはいけないことに気づいた気がして心臓が早くなる。なにかあったら電話してと言われたが、今声を出して大丈夫なのか?焦るな、向こうは俺がいることを知らないはず。
ドン
襖を叩く音だ。襖はガタガタ揺れている。
誰だ、風か、俺は布団にゆっくり入り襖を睨む。
ドン
再び叩かれる。嘘つけ、足音はまだ部屋の前まで来てない。誰だ。他にいるのか。
ぎっ…ぎっ…ぎっ…
一瞬で襖の前に来た足音は歩くのを止める。ありえなかった。子どもの足音なのはわかる。今、一歩一歩が大きすぎた。ジャンプしても届くわけがない。変わらないリズムで、歩幅だけが大きくなったのだ。
襖の向こうにはなにがいるんだ。
俺は寝返りをうった。月明かりに照らされた襖には子どものかげが映っていた。縁側に立っている。俺は無理に寝ようと目を瞑る。カタカタと襖の揺れる音。俺はどこを見ていたんだ。居たのは逆の襖だ。いるんだ。
「誰?」
続く

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