髪を落とす女

 これは私が、高校二年生の夏頃に体験した話。

 その年の初夏の辺り、私の身の回りでとある現象が頻発していた。
 それは、自分のものとは到底考えられない女性の長い髪の毛が、気づくと自分の近くに落ちているというものである。
 大抵の人がそんなことはよくあるもんだと思うだろうが、その頻度が尋常ではない。
 まるでペットの犬や猫が換毛期を迎えたかのような感じで、使っているタオルや衣類にいつの間にかついていたり、私が腰掛けたソファーの背もたれの上に気づくとしれっと乗っていたりする。
 朝目が覚めて、違和感を感じて布団をめくり足元を覗くと、足の指に絡まっていたこともあった。
 もちろんペットは飼っていないし、私は男であるが故、そこまでの長髪にしたことはない。
 初めは母親のものかとも思ったのだが、母親が茶髪なのに対して、落ちている髪の毛は全て黒髪だった。

 ある夜、同じ部活の友人とスマホで通話をしていた時のこと。
 自分以外の家族は既に眠っていて、一人で一階の居間に残り、電気を煌々とつけて友人と喋っていたのだが、突然友人が「ねえ、今そっちでテレビとかつけてる?」と聞いてきた。
 特に自分が観る理由もなく、家族も既に眠ってしまっているため、当然テレビをつけてなどいなかった。
 なんでそんなことを聞くのか、と友人に問うと、友人は「だって会話が途切れた沈黙の間に、そっちから女性の笑い声が聞こえたから、てっきり番組に出てるタレントの声かと思った」と言った。
 全身に鳥肌がブワーっと立つのが分かった。
 私は「別につけてねえし。てかそんな冗談寄せよ(笑)」と言いながら、寝そべっていた体を起こした時、あるものを見つけた。
 スマホをもっている両腕と上半身の間にあるスペースに落ちている、一本の長い髪の毛だった。
 数時間前、この場に来て寝そべった時には絶対なかったものだ。
 私はその時、ひょっとしたらこれまでの長い髪の毛は、その声の主である女性のものなのではないかと悟った。

 それからまたしばらくたったある夜、課題に追われ、気づけば時計は午前二時を回っていた。
 そろそろ寝ようか、とベッドに入り目をつむったものの、それから数分もしないうちに体が動かなくなった。金縛りだ。
 恐る恐る目を開けると、私のお腹にまたがり、顔を覗き込むような体勢の女がそこにはいた。
 夜用の小さな明かりに照らされ、逆光のように黒く見えたが、女の血走った目や垂らした髪の毛は不思議とはっきり確認できた。
「目を閉じれば怖くないだろう」、そう思った私は目を閉じたのだが、直後に私の耳のすぐ横で「ふふ……ふふふふ……」と女が笑った。
 耳に吐息がかかるほど顔を近づけてきているのが分かった。
 そして、何故か私もその女の笑い声につられるように、「ふふふ…ははは…」と笑いだしてしまった。

 正直そこからどうなったのかは覚えていないが、知らぬ間に朝を迎えていた。
それ以降その女も見ていないし、あれだけ苛まれていた大量の髪の毛もパタリと出なくなった。
 なにがきっかけで自分についてきたのかは分からないが、もう二度と現れないで欲しいと願うばかりである。

朗読: りっきぃの夜話
朗読: 怪談朗読と午前二時

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