記憶にない

彼と車で二時間かけて美味しいと評判の蕎麦を食べに行った時の事です。
蕎麦は本当に美味しくて大満足。
そして面白そうな所があったら寄り道しよう、と気ままなドライブの帰り道。

「前にもこの近くに遊びに来たよね」
彼は楽しそうに言います。
でも私には全く記憶がありません。

「一緒に来た覚えないけど、誰かと勘違いしてない?」
私は少し不機嫌そうに言ってしまいました。
浮気も考えられる発言ですし、仮に浮気とまではいかなくても他の女性と遊びに来てていて私と勘違いしたとなれば、当然気分は良くありません。

「いやいや、一緒に来たじゃん!」
「覚えてないし」
そんなやりとりをした車内は少し気まずくなりました。

それから数日後、彼の家に行った時に彼は意気揚々とパソコンに保存してある写真を見せてくれました。
「これ見ろよ。この前行った所に前に行った時の写真」
それは確かに彼と私が写った旅行写真でした。
景色の良い所で私を写した写真、サービスエリアで二人で自撮りしたような写真、車内でふざけて撮ったような写真。
間違いなく私が写っているのですが、私にはどの写真にも全く心当たりがありません。それはとても不思議な感覚でした。

合成写真ではなさそうですし、さすがに彼もそこまでしないでしょう。
「な、間違いないだろ?」
「うん……ごめん。私の記憶違いかなぁ」
「これ見てもまだ思い出さない?」
「……うん」
「まじで?」
彼も驚いているようでしたが、一番驚いているのは私です。

人間の記憶なんてあやふやなモノだとは思っていましたが、こんなにキレイサッパリ忘れてしまうモノなのでしょうか?
自分の記憶が信じられないなんて……。
正直ゾッとしました。

写真の中の私はそれとは裏腹に満面の笑みを浮かべています。
「疑ってごめんね。でも本当に全く覚えてなくて、こんな事ってあるのかなぁ? 何か脳に問題でもあるのかなぁ?」
「まぁ、でもこの一回だけなら、たまたま忘れちゃったとかさ。それとも俺とのデートが記憶に残らないぐらい面白くなかった?」
彼は怒るでもなく、優しくなぐさめながら笑い飛ばそうとしてくれました。

そうして彼と話しながら私の知らない私の写真をパソコンの中にいくつも見ていた時です。
私はある事に気付いて更にゾッとする事になりました。
私が食事をしている姿を写した写真が何枚かあったんです。
私は右利き。
でも写真の中の私は左手で箸を持っていました。

朗読: 朗読やちか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる