新潟県、半年ほど前の話。
だらしない身体を改善しようと一念発起し、夜にウォーキングをしようと決めた。
訛った体は重く、三日目の夜には「もう十分頑張ったんじゃないか?」と情けない言い訳を自分の中で吐露していた。
それでも三日程度じゃ当然ぜい肉なんか落ちるわけもなく、何だかその事実に腹が立ってきて意地になってウォーキングを続けることにした。
そして、少しづつ戻ってきた体力に小さな達成感を覚え、段々と歩く距離を伸ばしていった。
行きの時間と帰る時間、そして寝る時間をなんとなく計算しながら遠くに遠くに。
ふた月半ほど経つ頃にはウォーキングというより探検に近い感覚になっていたと思う。
夜の田んぼ道で一人歩いていると小さな虫の鳴き声やカエルの声、遠くに聞こえる微かなタイヤの音。
そんなちっぽけな安らぎはちょうど三か月目に入った日に表情を変える。
その日は雲一つない綺麗な月明かりが道を照らしていた。
家からは少し距離があるお菓子工場のわき道を歩いていた時、そのお菓子工場の方から「キィ、キィ」と重い金属製のドアを開けたような少し耳障りな音が自分の右後ろ側から聞こえた。
咄嗟に振り向く。
快調に進んでいた楽しみを少し邪魔された気がして少しイラっとしながら。
音の発生源はどうやら工場わきに置かれたトラックの荷台をそのまま倉庫代わりした施設。
訝しみながら少し後退し、鉄の閂で施錠されたドアを覗くと「キィ、キィ」とさっきまで規則的に鳴っていた音が少し早まる。
「ギィ、ギィ、ギー」といった感じ。
もしかしてなにかの手違いで閉じ込められた人がいるんじゃないか?と思い、少し小走りをして近づいた。
鉄の閂がギシギシと軋んでいるのをなんとか持っていたペンライトで目視できた時だった。
「バン、バン、バババン」とコンテナの内部の脇から明らかに複数の人間が中から叩いている様な大きな音になった。
その時直感した。
これはおかしいと。
工場の周りにはまばらだが住宅街がある。
仮に複数人が閉じ込められているのなら、まだ明かりのついている時間帯の周辺住民がこんな明らかに騒音と呼ばれてもおかしくない音を聞き漏らすわけはない。
そう考えが至ったころには身体が勝手に走り出していた。
後ろからはまだ音が鳴っている。
大きな音。
頭が変になりそうだった。
それでも足が抜けてしまうんじゃないかと思うほど全力疾走をして駆け抜けた。
距離にして多分三百メートル。
ウォーキングをしていたとはいえ、全然全盛期には遠く及ばない肉体は限界をむかえた。
四つん這いになり、身体から内臓が飛び出そうなほど大きな息を吐き捨てながら後ろを振り向くと、自分以外は何も変わってない。
あんなに大きな音だったのに周辺の住民は何一つ反応していない。
背中に強烈な悪寒を感じながら四つん這いのまま少しでも家に近い方へと身体を這いずらせる。
ここからはあまり記憶がないが、多分何度か道の脇の側溝に吐瀉物を吐きながら帰った記憶が薄っすらある程度だった。
翌日、風邪を引いたみたいだと会社に報告し休んだ。
具合が異常に悪かったので嘘ではないと自分に言い聞かせながら。
後日談、あれからあの場所に車で行ったところ例のコンテナはちゃんとあった。
あの時目視した鉄の閂もちゃんと設置されていた。
地元の仲間にあの工場で働いているやつがいたのでおそるおそる聞いてみたがあの場所にはこれといった忌まわしい由縁はないとのこと。
その事実が余計にゾッとさせた。
割とオカルトは信じる派の自分は心のどこかで昔祠があったとか墓場だったとか合点の行くような内容を期待していたからだ。
今もそのコンテナはある。
そしてそれから自分は近くの体育館でウォーキングをするようにした。