おじさん

これは私が小学校低学年の時に確かに体験したことです。

ある梅雨の時期の帰宅途中。
通学路の途中に大きな洞窟があると聞き、
同学年の男子数名と女子数名と共に行ってみることになりました。
雨のあがった後の土の匂いや、雨を吸った丸石の道、草や落ち葉の匂いや雨の独特な匂いはハッキリと覚えてます。
穴があったのは、G山(特定防止のために伏せさせていただきます)と言う公園のある丘の下にありました。
大きさは男性四人が余裕で入れる位で、先は真っ暗です。
私の地元は、生活圏に生前の防空壕がそのままにされていて
学校の校庭にも防空壕があったので、その穴も防空壕だと察知し
普通なら封鎖されているので、簡単に入れる防空壕は初めてでしたので私を含め皆少し興奮していました。
子供特有の謎の使命感や好奇心が作用し
『冒険しよう』『防空壕かどうか確かめよう!!』と話していると
「何してるんだい?」
後ろから白いポロシャツにグレーのスラックスをはいた50~60代くらいの中肉中背なおじさんがいました。
当時の通学路では、『親指のないオカマの浮浪者』や
『ガーガーと威嚇しながら近寄ってくるお爺さん』等と
変わった人の目撃がありましたが、そのおじさんは普通の人だったので私達は警戒もなくおじさんと向き合い
「これから冒険するの」 「防空壕なんだよ」 「ぼく達が見つけたんだ」 と、
誇らしげにおじさんに語り、おじさんはニコニコと微笑みながら聞いてくれて、
おじさんの優しげな雰囲気と怒ったり注意したりせずに聞いてくれました。

そこで、男子が「おじさん、ここって防空壕?」と聞きました。
するとおじさんは、ニコニコと目じりの皺を緩めないまま笑って頷きました。
やっぱり防空壕なんだ!とワクワクする私達をみて、
おじさんは静かに口を開きました。
「中に入るのは危ないよ。コウモリや虫がいっぱいいるからね」
「蝙蝠?蝙蝠がいるの?」
「いるよー」
「虫もいるの?」
「いるいる。噛まれたら危ないから、早く帰りなさい」
見知らぬおじさんに帰るよう言われても、好奇心を刺激されている子供は素直に聞くことは難しいと思います。
けれど、その時は誰もがすんなりおじさんの言うことを聞き入れ帰ることにしました。
私達がおじさんに別れをつげると、おじさんは1人で穴の方へ足を進めたので 「中にはいるの?」 と聞きました。
するとおじさんは振り向いて頷くので、私達は不思議に思いました。
「虫がいるんでしょ」
「いるよー」
「蝙蝠も」
「いるよー」
「危ないのに何で中にはいるの?もしかして、おじさんのおうちなの」
と男子が聞くと
「そう、ここはねおじさんの家なんだよ」 と言いました。
それだけでも怪しいのに、子供だからか素直にそれを信じて私達は納得しました。
おじさんと別れをつげる時に
「遊びに行っていい?」と言うとおじさんは優しい声で
「いいよー。美味しいお菓子を用意しておくからね」
と言って、穴の中に行ってしまいました。
以降、私達はその穴に近寄る事はなく
おじさんの事も忘れ1度も話題に上がる事はありませんでした。

それから年月が経ち、専門学生になった夏の日。
唐突に思い出した私は、祖父に通学路にある防空壕の事を聞いてみると祖父は眉をひそめて「そんなものはない」と断言されました。
祖父が知らないはずはないだろうと思い、
散歩がてら祖父と共にその穴を見にいきました。
するとーーー。
そこには穴なんてなく、夏の陽射しが差し込む林で穴を掘れるような壁も存在しない少し薄暗い小道でした。
それを見て私は「えぇ?」「嘘」「そんな」としか言えませんでした。
確かに、絶対に穴はあったのを覚えてます。
当時の匂いや湿気からくる蒸し暑いジメジメした感覚もおぼえてます。
今でも、その体験は不思議でたまりません。

その時に一緒にいた同級生にも確かめたいのですが、
共にいた同級生の顔はモヤがかかったかの様に見えず思い出せません。
あの穴はなんだったのか、そしてあのおじさんは何者だったのか……。
幽霊なのか、それとも私がみた夢だったのか。
不思議でたまりせん。

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