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社長室

かれこれ30年以上も前の話。
当時、フリーライターだった俺はよく企業経営者のインタビュー記事を書いていた。

これは余談だが、まだ30前の若造だったが、恰幅がよくひげを蓄えていたために、年齢よりも大分老けて見られたために、老けて大手中小関係なく、経営者たちとも平然と話すことができた。

確か季節は春、
「馴染みの編集者から全く新規のお客なんだけど、どうしても記事にしてくれって売り込みがあってさ。まあ一遍行ってみてくれる?」
との打診。

スケジュールも適当に開いていたので引き受け、
カメラマンと二人でその企業の経営者を訪ねた。

事前に少し調べたところによると、そこはもともと同族経営の下請け企業だったが、2年ほど前に経営が刷新され、電子部品にメインをシフトし、急成長を遂げているという話だった。

正直、こういう会社はライターにとってはいいカモである。
たいていの場合は、社長の手柄話を大げさに書き立ててやれば大満足、というケースが多いからだ。

さて当日、同行してくれることになったカメラマンはいつもお世話になっている大先輩。おまけにやたら霊感が強く、客先で心霊写真をとってしまうという逸話を持つ人物。

「何にも起きなきゃいいですね」
などと冗談を言い合い、その企業の受付へ。

対応してくれたのは、創業時から総務で働いているという60年配の女性。
その顔色を見たとき、なぜかカメラマンと二人、硬直してしまった。

何か敵意というか、嫌悪感が丸出しなのだ。

すぐに社長室に案内されたのだが、これがまた異常に居心地が悪い。
よほど儲かっているのか自己顕示欲が強いのか、社長室の調度は一目見てわかる高級品ばかり。美術品もいくつか並べられている。

待つこと数分、現れた社長はまだ40代前半、製造業の社長というよりも金融マンといった感じの痩身。身なりもしっかり金をかけていることがわかる。

さっそく社長の自慢話が始まった。
第一印象通り、この社長、前職はあるファンドのマネージャーをしていたらしい。そうした活動をする中で、実力はあるが業績が伴わない企業を発掘しては経営権を得て、またすぐに売り飛ばす、という商売をやっていた。

話を聞いている間も、確かに論理的だし、的確な言動をするのだが、何か収まりが悪い感じなのだ。
カメラマンのほうを見ると妙に渋い顔をしている。

取材中も、何枚か顔写真は撮っていたがいつもに比べるとシャッター音が少ない。一通り主愛も終わり、プロフィール用の写真を押さえておきましょう、ということで巨大なマホガニーのデスクに座り、いかにもやり手経営者、といった雰囲気でレンズを見る社長。

しかし何かおかしい。

肉眼で見ている私にもそれははっきり見えた。
背後に何かロープのようなものがぶら下がってみえる。

カメラマンは、というと小声で
「ここはあかんわ、シャッターおりんのや」
と明らかに動揺している。

私もここから逃げたい。

そこでいかにも思いついたように、
「改まった写真もいいですが、お若く元気な社長が、現場を明るく見回っている写真のほうが活気があっていいじゃないでしょうか」
とか何とか言い立てて、場所を変えて撮影することにした。

何とかシャッターもおり、無事に仕事終了。
帰り支度をしていると、最初に応対に出た総務の女性が、私たちを呼び止め、ちょっとした会議室みたいなところに案内し、コーヒーを差し入れてくれた。

彼女が言うには
「取材中、何か変なことがなかった?社長室、おかしくなかった?」
と畳みかける。

これは隠し通せないと思った私たちは、シャッターが下りない、気持ちが悪かった、縄が見えたことなどを正直に話した。

すると彼女は大きくため息をついた。
「やっぱりね、あいつが前の社長を殺したのよ。
取引銀行を通じて無理な融資をさせて、経営状態が悪化したところに自分で組んだファンドの金を持って乗り込んできて、重役になったわけ。
そうして短期間に先代社長を無理やり会社から追い出した…、
本当のことを言えば、あの社長室で先代は首つり自殺したわ」

この言葉を聞いて、すべてが腑に落ちた。

彼女は続ける
「この会社ももう長くないわね、また経営権の転売で儲けようとしているみたいだけど、これだけべったり念がこびりついててはね。ベテラン社員たちもどんどんやめていくし、新事業だなんだといっても技術の伝承がなきゃメーカーはおしまいよ」

その後、紆余曲折があり、雑誌への掲載も伸びていた時、この会社が倒産したという情報が入った。

なんでも今の社長が決断した不動産への投資で額の焦げ付きを出したらしい。

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