古本屋奇譚②遺書

流行らないジャンルばかりを集めた古本屋を経営していた時のこと。

業者同士の交換市に出かけて、まあ誰も興味を示しそうもない戦後間もなくのごみ本を仕入れてきた。

まあそれも売れないだろうが、一冊だけ自分が読みたい本が混じっていたため、まあ1000円で落札できれば時間つぶしにはいいか、てな具合。
残りは100円均一に出すか、潰してしまおうと思っていた。

事務所兼倉庫に戻った時にはもう夕方6時を過ぎていた。
今日の仕入れは、そのクズ本の山100冊ほどと、ミステリの文庫本が1000冊ほど、正直、成果はまるでなし。

1日潰して交通費や経費を考えたら下手すりゃ大赤字の惨状である。

ブツクサいいながら、車から本を下ろし、倉庫の空きスペースに放り込んだ。
その時は別段、何も感じなかったのだが、今思うと少し妙だった。

そのクズ本の山、降ろしているときに妙に生暖かいというか、湿っぽいというか。まあ古本にはありがちなことだから、こりゃ全部ごみかよ、とゲンナリしたのを覚えている。

走行していたら、突然倉庫の扉が開いて、だれか入ってきた。
こんな時間に来る客はほとんどいないし、もともとうちは通販が専門で店売りはしていない。

不審に思って扉のほうを向くと、坊さんが立っていた。

記憶をたどれば、一度買取を頼まれて出かけた寺の住職。
もともとは高校教師をしていたが実家の寺を継いだ、というお方。

「お久しぶりですね」
と声をかけようとしたら、住職の顔色がおかしい。
血相が変わっている。

「お前さん、何を持ち込んできた」
とすごい勢いで怒鳴られた。

温厚な人物だけにその豹変ぶりに唖然としていると、
「お前さんの後ろを走っていたのに気づかんかったか。車の中を見たら何かとんでもないものが荷物の上に坐っておった。それですぐに飛び込んできたんじゃ」
という。

そういうといきなり、先刻に下したばかりの本のところにズカズカ歩いていく。

「お前さん、なんか感じなかったか」
と問われ、困惑していると、クズ本の中から薄い一冊の本を引っ張り出した。

見ればぼろぼろの詩集みたいな本。
そのとたんに悪寒が走った。

本が血のシミで赤グルく変色しているように見えたのである。
住職は黙って、本を逆さに振った。
中からこれもボロボロになった便せんが落ちてきた。

住職はそれを見るなり「遺書じゃよ」といって私に見せた。

薄い便せんにどうやら若い女性の文字らしき手紙が書かれていた。
達筆すぎてすぐには読み取れなかったが、
気だつ不孝をお許しください…
的な一文が読みとれた。

不思議なことに住職が手に取った時、血まみれに見えた本はただの埃と日焼けにまみれたものに変わっていた。

「田舎じゃの、自殺は世間体が悪いということで、親がこっそり隠したんじゃろ。どうやら女学生のようだが十分に供養もされずにいるようじゃ。
遺書も親が適当にそこいら辺にあった本に突っ込んでおいたんだろう。
それが回りまわって中途半端に読んでしまうお前さんの所へ来たんじゃ」

書き忘れたが、自分は確かに憑依体質・霊媒体質的なところがあって、
いやな体験はたくさんしていた。

「もう少し遅かったら、お前さんとんでもないものを見ていたぞ。この娘、首を切って血まみれじゃ。妙に湿気を感じただろう」

確かにその通り、本が血まみれに見えたことも住職に伝えると、本当にお前さんみたいなのは厄介じゃ、と苦笑する。

「霊を払うことも供養することもできん割に、なんでも拾ってくる。
今回はわしが供養しておくが、こういう商売をしていると、ろくなことにはならん。昔は何をしていたか知らんが、なるべく早く廃業しろ」
と滾々と説教されたが、 確かに住職の言う通りだった。

それから間もなく、急激な視力の低下と内奥疾患に悩まされ、店はつぶし、家も手放し、女房とも別れ一人ぼっちになった。

朗読: 朗読やちか

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