消えたタクシー

深夜の東京、場所は新宿だった覚えがある。

日帰り出張のつもりが予定外に仕事が押し、泊りになってしまった私は、ちょっとは羽を伸ばそうかと、いつもなら利用するビジネスホテルでなく、シティホテルに宿泊することにした。

晩飯を食べる時間もなかった私は、仕事が終わった場所の近くにあった中華料理屋で食事を済ませ、珍しくビールを飲んでいい気分で歩いていた。

するといいタイミングでタクシーが通りかかる。
すかさず呼び止めて宿泊先のホテル名を告げた。
およそホテルまでは30分程度だろうと見当をつけていたので、私は後部座席でうつらうつらしていた。

ところがである。
そのタクシーの走り方が何かおかしい。
急ブレーキ、急発進、車線変更ととにかく落ち着かないのだ。

「おい、危ないじゃないか」
と運転手を怒鳴りつけると、運転手の顔は真っ青だ。
「どないしたんや!」
と聞くと、運転手はブルブル震える手で道を指さす。

そこで私も気が付いた。
今乗っているタクシーと同じ会社の車が、まるで並走するようにというか今でいうあおり運転のようなハンドルさばきでついてきている。
ただよく見ると、車体が妙に古い。
型落ちもいいところの車体だ。

「おい、まだあんな車使ってるのか、お宅の会社?」
ときくと、運転手は
「お客さんにも見えましたか」
と一層声を震わせる。
言われてみれば、ずっと見えているわけでもない。

何か突然、姿を現す感じ。ナンバープレートを読み取ろうと思っても、距離はないのになぜかぼんやりして見えない。
「なんでもいいから会社に無線入れな、同じ会社の車に危ない目にあわされるなんて聞いたことないわ」
と私ブチ切れ。

すると運転手が
「代金は結構ですから、遠回りさせてください」
とか言い出した。

何考えとんのや、と、一層頭に血が上った私だが、
運転手の怯えようは尋常ではない。
了承して、いったん方向を転換、広い幹線道路に出て車は路肩に停車した。
運転手はハンドルに突っ伏して、何かぶつぶつ言っている

「もう成仏してくれや、もういいだろ」
と聞こえる。

すっかり酔いも冷めた私は、いったん車から降り自動販売機でついコーヒーを買い、運転手にも手渡した。

「おい、ゆっくり話聞かせいや」
というと、運転手は震える声で話し出した。

「あのピッタリついてきた車、見ましたでしょう?妙に古臭い車…。実はあの車廃車になって7・8年たってるです」

どういうことだ?

「実はあの車、担当していたのは私と同期のやつでしてね。
お客さんを乗せたあたりで、タクシー強盗にあって殺されたんです。
それ以来、どうやってもあの近くに行くと、死んだ運転手と車を見るという話が仲間内で広がりましてね。私も普段なら絶対通らんのですが、今晩はお客さんの都合でつい通っちゃったんです」

どうやらその亡くなった運転手、無線もつながらず、緊急灯を点滅させても気づいてもらえず、道端でこと切れていたらしい。

それ以来、自社の車が通るといまだに助けを求めてくるらしい。

朗読: 【怪談朗読】みちくさ-michikusa-
朗読: 怪談朗読と午前二時
朗読: モリジの怪奇怪談ラジオ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる