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ばあちゃん

これは私の母方の祖母の話である。

今思えば、本当に豪胆な人だったと思う。
九州の豪商の娘に生まれ、明治生まれとしては珍しく
女学校に通い優秀な成績で卒業。
子連れだった祖父と恋愛し、周囲の反対を押し切り海外まで駆け落ち。
戦争中にも関わらず、7人の子供を全員無事に育て上げたという女傑だった。

何せこの祖母にはよく驚かされた。
高校時代、英文和訳に苦しんでいた私の課題を見て
「こんなもんがわからんか。これはこうじゃろ、この文節はここにかかる」
とかいって、あっさり解読して見せる。
また長女である母の健康がすぐれなかったため、
数ヵ月に1度はバスで1時間、
タクシーで30分の所からわざわざ訪ねてくれていた。

忘れられないのは、やせ形で力もなさそうな祖母が、
巨大な包みを抱えて突然訪ねてきたことだ。
中身はとみると、なんと裁いたばかりの本マグロ。しかも大トロたっぷり。
ばあちゃん曰く
「駅降りたらデパートで解体ショーをやっとった。
刺身くらいお前の腕なら引けるじゃろ」といって平然としている。
さっそく刺身にひいて一緒に食べてもらおうとしたら、
お父さんが帰ってきたらまず食べさせなきゃいけん」といって、
自分は私が作った残り物のカレーを見て
「これはおいしそうだから私がいただくから」
と平然と温めなおしたカレーを食べ、なかなかいい腕じゃな、
とかいって褒めてくれる。

このほかにも語りきれない思い出があるが、
とにかく見た目に似合わない豪胆な人だった。
そんな祖母の涙を、一度だけ見たことがる。
祖父が末期の肝臓がんで入院中のことだ。
なかなか祖父も闊達な人で、本業は技術屋だが思想哲学文学となんでもござれ。
将棋も段持ち。
正直、父方の爺さんの下品さが大嫌いだった私には、
子供のころからスーパーマンに見えていた。
それだけに最後、会うたびに弱っていく祖父の姿、
黙って付き添っている祖母の姿を見るのはつらく悲しかった。

そんなある夜、なぜかとてつもない不安に襲われ、
友達に車を借りて夜遅くにも拘らず祖父の病院に向かった。
そこで見たのは、真っ暗になった病院の待合室で涙を流す祖母の姿だった。
ついばあちゃん、と声をかけると珍しく弱弱しい声で
「もうだめかもしれんな、あと何日もつか」と初めて弱音を吐いた。
どうしたの、と聞くと「これを見なんさい」と自分の左手の薬指の爪を見せた。
なんと一本だけ、根元から真黒く変色してきている。
「容体が悪くなってから、こうなってきたんよ。
これは爺ちゃんが、寿命の残りを教えてくれとるんじゃね」という。

それからも無理しても何日かに1回は、
祖父のもとに向かったが祖母の爪の変色はどんどんひどくなっていった。
そして「危篤」の知らせを受けて両親と駆け付けたとき、
祖母の爪は抜け落ちていた。
真黒く変色した状態で…。

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