某観光地にて

小さい頃から、眉唾物だと思い
あまりきちんと聞いてはいなかったのだけれども、
自分は父母の一族どちらも平家の落人から始まった血筋らしい。

父方の実家は、隣県の古戦場で起きた戦いで破れた平家の郎党が逃げてきて、
その地での慣れない生活に苦しんだ歌が残されているほどの
まぁ知名度のある土地。
母方はこれは真実かどうか怪しいのだけど、
同じく隣県での戦いに破れた平家の郎党が山の中に逃げてきて、
それから切り開いた土地らしく。
母方の実家は落人が最初に作った家系で、集落では一番古いとのことだった。

で、言わしめんところの落人サラブレッドの自分は、
某源氏が幕府を開いた観光地には近寄るな、
と両家の祖父母から言われ続けていたのだが、
ひねくれ者の自分はずっと右から左に聞き流していた。
実際、某観光地はすごく遠かったので、行く機会もなく。

それがどうしてか、一昨年その某観光地に一泊旅行に行かないかと大学の友人に誘われた。
友人は文学が好きらしく、とある資料館に行きたかったらしい。
自分も文学専攻、しかもある近代作家の作品に触れてから、
漠然と某観光地には憧れていたので、
両親や祖父母には黙って旅行に行くことにした。

某観光地の主要駅に着いて、まず文学関連の資料館へ。
二人してなめるように展示作品や近代建築の美しい洋館を見回し、
広い庭園で写真を撮ったり日向ぼっこをしたりして、満足して後にした。
それからバスに乗り、某有名な神社へ。
友人には自分が落人サラブレッドだなんて伝えていなかったし、
自分も自分でもうその頃には浮かれきっていたので、
うきうきしながら参道を歩く。

するとしばらくして大きい鳥居が見えていた。
カメラを構えようとスマホを取り出した瞬間に、
頭の上に鉛を乗せられたように後頭部が重くなり、
じんじんとした頭痛が起きる。
偏頭痛持ちなので、今日はとりわけ酷いなと思いながら石段下まで歩くと、
次は心臓をぎゅっと握り潰されるかのように痛くなり、冷や汗が吹き出た。

一瞬足元が崩れふらついたので、友人は心配してくれたが、
ここまで来て戻りたくはない。
介添えをしてもらいながら、石段を本殿へと上がっていく。
すると石段のちょうど中盤あたりで、
いきなり背中に鋭い焼けるような痛みを受けた。
左の肩甲骨から右の脇腹にかけて、焼印を押されたように熱い衝撃を感じて、
こればかりは石段に座り込んでしまった。
友人がしきりに「大丈夫?体調悪い?」と聞いてくれるも、答える余裕が無い。
頭痛も、心臓の痛みも、背中の焼けつく痛みも
三者三様に主張するように激しく増していくので、
とても歩ける気はしなかったのだけれど、
友人と通りがかった別の観光客が両側から支えてくれ、
なんとか一番上まで登って参拝をした。

それからまた二人に支えられて、
痛みに口をきくこともならないまま石段を降りて大きな鳥居を抜けた頃には、
もうすっかりその苦痛もどこへやらで、
その後の土産物探しや某電鉄に乗っての散策はしっかり楽しんだ。

二日目。
朝方ホテルのフロントでおすすめの観光名所を聞いてきたらしい友人は、
なんでそのチョイスなのか、と言いたくなるほどの
血の匂いの濃い名所をチョイスしてきた。
戦で追い詰められた時の幕府執権やその家臣が腹を切り自害をした地とのこと。
昨日の出来事もあり、このあたりから祖父母の言いつけがじわじわと説得力を増していた自分だが、
友人はアルバイト代を全額つぎ込んで旅行に来ている。
事情を説明していないのだし、断るのも申し訳なくて、
結局同行することにした。

重い足取りでハイキングコースを歩いていくと、
だんだん鬱蒼とした森に景色が変わり、道はコンクリートから土へ。
橋を渡ってさらに森の奥へ進んでいくと、とある立て看板があった。
行ったことのある人なら分かると思う。
非常に凄みのある注意書き。
一応友人と二人でそこでまず手を合わせ、石段のある散策路を上に上がる。
立て看板からはそれほど遠くないところに、
石窟のように岩の間に出来た空間があって、
卒塔婆や供養の花がいくつも立てられていた。

友人の後に続いて、その空間に入る。
見た目よりもずっと広く、すし詰めならば二十人ほどは座れるだろうか。
と、自分はなぜか自分の肩が震えていることに気がついた。
決して寒いとか、怖いとか言うのではない。
言うなれば「笑いが止まらなかった」のだ。
無論ここでは幾人もが戦の末に自害をしていて、
笑うところではないと分かっている。
が、何故かたまらなく笑いたくなって、友人と自分以外は誰もいない、
数百年前には悲惨な最後を遂げた人がいる場で、
声を上げて涙を滲ませるほどに笑った。
いけないとは思い止めようと自分で髪を掴んで引っ張っていたのだが、
それでも笑いは止まることを知らなかった。

過呼吸寸前まで笑った後、
ふっと口が意思に関係なく閉じて、その場に座り込んだ。
自分はぼんやりとしていただけなのだが………
友人曰く、涎と鼻水、涙まみれの顔面で目を見開き、
抜けた髪の毛を掴んだままの自分の有様は、
「すわ取り憑かれたか」と思わざるを得なかったらしい。
焦った友人に抱えられるようにしてその場をあとにしてからは、
何事もなく旅行を終えて、事故に遭うでもなく無事に帰宅した。

それからは変わったことはない。
歴史にはとんと疎いので、後から調べたのだが、
某神社は時の将軍が暗殺された場所であったらしい。
それからあの石窟のような場所は、
事実上幕府滅亡の戦の最中の自害の場だったらしい。
そこまで知っていれば絶対にいかなかったのだが…。

あながち平家の落人サラブレッドというのも、
祖父母の言いつけも嘘では無いかもしれない、と思った不思議な出来事だった。
もう二度とは行かないと思う。

多分、あの観光地に自分は招かれてはいないのだ。

朗読: 怪談朗読と午前二時

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