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現在でも分かりません。

私が幼少の頃まで遡ります。
およそ40年程前になります。

愛知県稲沢市に家族で住んでいるのですが、
私には母方の祖父祖母と父方の祖父祖母がいます。
母方の祖父祖母は近所に住んでいますが、
父方の祖父祖母は愛知県豊橋市のある団地に住んでおり、
幼少〜中学2年まで毎年2回ほど会いに行ってました。
祖父祖母はとても優しく大好きで、私と弟に昔の遊びや、
近くの滝を見に行ったりと色々してくれました。
ただ一つ今でも分からない不思議な事があるんです。

それは夜になると神社に行き私は昔のユーレイ見たいな
(白装束に三角のハチマキ見たいな奴)を身につけて正座し
私の周りを若い女性達が全裸でお経見たいなのを唱えながら回るのです。
これは本当に今でも分かりません。
私は中学3年になり受験勉強もあり、祖父宅に行かなくなりました。

それから高校、大学、社会人になり、
確か1980年代後半の頃のお盆だったと思います。
父が祖父祖母がお前に会いたがっている かなりの高齢で、
会えるのも最後かもしれないって事で、
もちろん私は祖父祖母が大好きなので、会いに行く事にしました。
父の運転で行く事になったのですが、おかしいんです。
豊橋方面ではなく、三重県方面に向かってるんです。
父にあれ? 豊橋でしょ?と聞くと父は、
何言ってるんだ、三重県の紀勢町じゃないかと言うんです。
私は頭で、あぁ高齢だから父の兄弟と一緒に住んで居るんだと思っていました。
紀勢町の家に着き玄を開けると祖父祖母が待っていました。
よく来た、会いたかったと言ってくれたのですか、私は頭が混乱していました。
その2人は全く知らない2人だったのです。

混乱したまま父や母に聞けずお盆がすぎ、自宅くに帰り数日たった時、
私は思い切って父に聞きました。
すると父は祖父祖母は昔から三重県に住んでる!豊橋には親戚何処か知り合いも居ないって言うのです。
私は昔祖父祖母と一緒に撮った写真か沢山あるのを思い出し、
アルバムを開けました所が一緒に写った写真が一枚も有りません。
ただ団地の写真が一枚だけありました。
私は諦め忘れる事にしました。

それから、数年達、やはりあの事が頭から離れず気になっていました。
1999年の秋頃に思い切って私と弟で豊橋に行く事にしました。
豊橋に付き 写真と思い出を頼りに、ある集落の見覚えのある学校を通り過ぎ、
中山峠の麓に車を止め、そこから山道に入りました。
弟と2人で道に迷いながら 祖父と遊んだはずの滝を見つけ、
30-40分歩いたでしょうか、写真と同じ形の団地をやっと見つけたのです……。
ですが、そこは、昭和のまま時が止まったかのように放置された、
自電車や車だけで、誰も歩いていません。まるで廃墟のように。
私達は周辺を探索しましたが、やはり誰もいません、廃墟になってたんです。
結局、私達は諦め帰りました。
でも、私は間違いなく存在していたはずの豊橋の
祖父や祖母が頭から離れません。
私は再び豊橋に向かう事にしました。

2020年1月13日、現在 豊橋市街に来ています。
祖父祖母の手がかり、またあの夜の全裸の女性達、
謎すぎて何もわかりませんが、必ず何を見つけたいと思います。

 この記事へのコメント

  1. りゅうじ より:

    はじめまして。りゅうじと申します。今回の話読ませて頂きました。豊橋の都市伝説級の巨大廃墟の話に酷似していると思われるのですが、実際にそのような団地が存在したのでしょうか?

 COMMENT

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