私が中学二年の秋口に起こった話です。
完全に場所は伏せますが、東京都内のアパートに家族三人で住んでいました。
二階建てのアパートは単身者用の部屋で、私たちが住んでいる部屋以外は全て、部屋は一つ、それとトイレ、風呂といった感じでした。
私たちの部屋は他とは構造が違い、二階まであったので、自分の部屋がありました。
そんな中、アパートに一人の若い男の人が越してきました。
ところが、大家はその男の人をよく思っていなかったのです。
年配の大家の家がアパートに近いということもあり、私もけっこうかわいがられていて、その話を聞かされました。
聞くと、その男の人は引っ越しのとき大層態度が悪かったらしく、その事について怒っているようでした。
しばらくしてから、大家はその人のことを「おにぎり」 と、呼ぶようになったのです。
それは、大家が引っ越しのときにその人から「おにぎりかなんかないんすか」 と言われたことに由来しているようでした。
実際、私もその人と会うことはありましたが、挨拶は返してくれないし、どこでなんの仕事してるかわからないような人で、不気味さを感じていました。
中学二年の秋口、私が塾から母と帰ってきて、扉を開けて母が中に入り、自分も入ろうとしたときでした。
奥の扉が細く開いていて、そこから女の人がこっちを見ていました。
その人は奥から二番目の部屋に入っていた人だったのですが、私と目が合うなり、扉を閉めてしまったのです。
不審に思いつつも、風呂に入る準備をしていたら、なにやら外が騒がしく、覗いてみると、救急隊員、警察、それと共に大家のおばあさんが奥に行くのが見えました。
私はとても気になり、母に概要だけ話してもらうようにしました。
母の話によると、一番奥に住んでいた「おにぎり兄さん」が室内で亡くなっていた、との話を聞かされました。
まさかとは思いましたが、数十分後よく刑事ドラマとかでみる死体に被せるグレーのシートみたいなのが担架で運ばれ、それと当時にすさまじいほどの悪臭が辺り一帯に立ち込め、人生ではじめて腐臭というものを嗅いだ日でした。
それからは特殊清掃の方々も見たし、内装工事の方も見かけました。
すっかり新しくなった部屋は、事故物件とは思えないほどピカピカでした。
そこからその部屋に入る人が決まるまでさほど時間はかからず、女性の方が入居しました。
しかし、その方は入居と同時に人が変わったようになってしまいました。
それはまるで生前の「おにぎり兄さん」を見ているようでした。
そしてついには入居から一月経たずで出ていってしまったのです。
実のところ、「おにぎり兄さん」はなぜ亡くなったのかいまいち分かっておらず、変死ということで片付けられたと聞きました。
その女性も大家のおばさんの知り合いで、なんとか身内で片付けようとしたのがみえみえでした。
実は通報をしたのは隣の部屋の女の人だったのですが、その人はその事件のあと、直ぐに退去していってしまい、その後に行方知れずとなりました。
入居者が依然決まらなかった春先のこと、中三の受験を控え、学校に疲れた私は玄関の扉の前でふとその一番奥の扉を見ました。
開いていました。
大家のおばあさんが開けたのかなとも思いましたが、空気を入れ換えるには細すぎる隙間で、閉め忘れだったら大変なことなので、私はその扉に近づきました。
中から差す日の光に違和感を覚え、すーっと扉を開けました。
玄関から続く廊下はすりガラスの扉を隔て、窓へと向かいます。
なにか、そこには確かになにかが居ました。
すりガラスに阻まれはっきりとは見えないものの、扉と窓との間、つまりは一つしかないその部屋になにかがいるんです。
私はオカルトは好きです。
ですが、慣れているわけもなく、それをみて十秒ぐらいで我に帰り、扉を閉めようとしました。
するとその何かがふっと消え、次の瞬間耳元で「腹へった」と低い男の声がしました。
一瞬にして、全身の毛がたち、目をつぶりダッシュでアパートの廊下を抜け外に飛び出しました。
そこで後ろを振り返ると、開いていたはずの扉は閉じていて、とくに変わった様子もありませんでした。
私はその後コンビニに行き、その部屋の前に、おにぎりを置いておきました。
次の日、登校の際に見ると、そのおにぎりがなくなっていました。
その後、入居した人は今日までとくに変わった様子もなく元気にしています。
これが、私の人生で唯一の怖い話です。
